英語研究室

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A Little Grammar Goes a Long Way

全35回
関西外国語大学教授 岡田伸夫が英語文法を考察するコラム

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11

"I grabbed him by the arm." と "I grabbed his arm." はどう違うのか?


次の (1) の日本語は英語ではどう言ったらいいでしょう。

(1) 彼女は彼の背中をたたいた。

次の (2a) でも (2b) でもいいのですが,みなさんはどちらの英語を考えましたか。

(2)

a. She hit his back.
b. She hit him on the back.

でも,(2a) (2b) もいいと言うだけでは中途半端ですね。(2a) (2b) がどう違うかが一番関心があるところでしょう。今日は,まず,この問題について考えてみましょう。


わたしたちが文をつくるときには,できごとをどの大きさで認知するかによって表現が変わってきます。1つの状況を見ていても「メンタルテレスコープ」(mental telescope)の倍率を上げていくと次の (3a) から (3e) まで見えてきます。

(3)

a. He is now in Europe.
b. He is now in Britain.
c. He is now in England.
d. He is now in London.
e. He is now in Hyde Park.

前回の A Little Grammar Goes a Long Way --動詞の目的語-- の中で次の (4) の連結規則(Gropen et at. 1991)をあげましたが,覚えておられますか。

(4) 動詞の目的語は動詞の力を直接あるいは全面的に被る。

(4) の規則に照らして考えると,「彼の背中に焦点を合わせる (2a) が,彼に焦点を合わせる (2b) が使われる」という違いが導き出せます。 次の (5a) (5b) にも同じ違いがあります。

(5)

a. I grabbed his arm.
b. I grabbed him by the arm.

もっとも,ロボットの腕のねじがゆるんで腕がポロリと落ちて,それを急いでつかみ上げるというSF的な場面では,(5a) は使えても (5b) は使えません(cf. Quirk et al. 1985, §5.35 Note [a])。というのは,この場面ではロボットの腕をつかんでも胴体をつかむことにはならないからです。

法廷の審理の場では,緊張したり,保身を図ったりで,いろいろおもしろいやりとりが展開されるようです。次の (6) のやりとりは Lederer (1987, pp.22-23) からとってきたものですが,ここでは A が「彼は犬の耳は引っぱり上げたが,犬は引っぱり上げていない。犬はたまたま引っぱり上げた耳にくっついていただけだ。」という趣旨の珍妙な議論を展開し ています。

(6)

Q. Did he pick the dog up by the ears?
A. No.
Q. What was he doing with the dog's ears?
A. Picking them up in the air.
Q. Where was the dog at this time?
A. Attached to the ears.  
 

ところで,(2b) タイプの文では前置詞の目的語になる体の部分を表す名詞の前にふつう the が使われます。このことは,機械的・公式的に暗記したらいい内容なので,学生のときにしっかり学習した(昔の英語教育に対する皮肉のつもりですが)ような気がします。しかし,現代英語には次の (7) のような所有格の実例があります。

(7) "He kissed me on my mouth and pulled me closer to him," Willey said. -- Kranish (1998, p.A7)

また,定評ある文法書に次の (8), (9) の所有格の例があがっています。

(8) He kissed her on her cheek. -- Quirk et al. (1985, §5.35)

(9) The stone hit the policeman on the/his shoulder. -- Eastwood (1994, §174.4 Note)

これらのことから判断すると,the の代わりに所有格を使ってもまちがいではないようです。the が使われるのは,人間を表す名詞が動詞の目的語として実現しているのでその後ろにさらに所有格を使うことが余剰的(redundant)だと感じられるからでしょう。  


次に,(2a)(2b) の英語をもう少し深くみてみましょう。(2a) は NP's N という形をしています(ただし NP=Noun Phrase=名詞句,N=Noun=名詞)。所有格の NP が人,N がその人の体の部分(part)を示しています。(2b) では,(2a) の体の部分の所有者(possessor) が動詞の目的語に上昇し (ascend)ています。Pinker (1989) はそこに着目してこの変化を部分所有者上昇(part-possessor ascension)と呼びました。  

名は体を表すと言いますが,部分所有者上昇という名前は変化の特徴をとらえています。まず,この名前は次の (10b) が非文法的だということを説明することができます。

(10)

a. She hit his bag.
b. *She hit him on the bag.

上で見た (2b) は OK でした。(10b)(2b) はどこが違うのでしょうか。すぐ気がつくのは,(10b) では bag が,(2b) では back が使われているということです。bag と back の違いは語末の軟口蓋閉鎖音(velar stop)が有声 [g] か無声 [k] かということです。

しかし,この音声上の違いが (10b)(2b) の文法性の差の引き金になっているとは考えられません。(10b) がよくないのは bag が him の体の部分ではないからです。  

では,なぜ所有されているものが体の一部でない場合には部分所有者上昇が許されないのでしょうか。実はこのことは当り前なのです。彼が廊下にいて彼 のかばんが教室の中にあるときに彼女が彼のかばんをたたいても彼をたたいたことにはなりません。もし彼の持ち物をたたいて直接彼をたたいたと同じダメージ を彼に与えることができたら…これはホラームービーの世界でしょう。また,たまたま彼がかばんを手にもっていても (10b) を使うことはありません。このことは人とその持ち物のかばんが一体とは認知されないからでしょう。  

ただし,衣服のように身につけているものは体の一部と認知されるようです。たとえば,次の (11) が許されるのは,袖が体にくっついているからです。

(11) Miss Pringle pulled Clarinda by the sleeve. -- Alexander (1988, §4.23)

メガネは衣服に入るか入らないか微妙なところですが,次の (12b) がよくないということから判断すると,メガネは自由に着脱することができるので,体の部分とは見なされないのでしょう。

(12)

a. She hit his glasses.
b. *She hit him on the glasses.

また,部分所有者上昇という名前は次の (13b) が非文法的であることも説明することができます。

(13)

a. I kicked the leg of the table.
b. *I kicked the table on the leg.


確かに leg は table の一部ではあるのですが,table は人間ではないので,所有権をもつことができません。所有権をもつのは人間だけです。(13b) がアウトなのはそのためです。部分所有者上昇という名前を覚えておけば,(10b) (12b) (13b) が非文法的であることを「計算」で簡単に導き出すことができます。  


ところで,すべての動詞が部分所有者上昇を許すわけではありません。まず,動作動詞(action verbs)でなければならないという制限があります。次の (14b) がアウトなのは動詞 like が状態動詞だからです。

(14)

a. I like her eyes.
b. *I like her by/in/on the eye(s).

しかし,動作動詞ならどれでもいいというわけではありません。たとえば,次の (15) (16) の b はどちらも非文法的です。

(15)

a. Jim broke Tom's leg.
b. *Jim broke Tom on the leg.

(16)

a. Hagler split Leonard's lip.
b. *Hagler split Leonard on the lip.


(2b) タ イプの統語形式で使われない動詞には,break や split のほかに,shatter, crack, crumble などがあります。これらの動詞は verbs of breaking という名前で一括されますが,このグループの特徴は動詞が動作・行為の結果(effect)を特定するということです。たとえば,ドアを押しても,たたい ても,けっても,こわれなければ break したことにはなりません。ドアをこわす方法は問題ではなく,こわれるという結果さえ伴えばいいのです。部分所有者上昇を起こす動詞は次の (17) のi-iiiのグループに分けられます。

(17)

i. verbs of hitting: hit, beat, kick, punch, poke, rap, slap, strike, ...
ii. verbs of cutting: cut, slash, chop, hack, chip, ...
iii. verbs of touching: touch, kiss, hug, stroke, contact, ...

これらのグループに属する動詞はどれも物理的接触(physical contact)を伴います。意味上,物理的接触を伴う動詞だけが部分所有者上昇を適用することができます。  

cut には motion → contact → effect の3つのステップが含まれています。刃物を動かして(motion),ものに接触させて(contact),切れ目を入れて(effect)はじめて cut したことになります。cut には接触が含まれていますから,次の (18b) に見られるように,部分所有者上昇を適用することができます。

(18)

a. Sam cut Brian's arm.
b. *Sam cut Brian on the arm.

しかし,次の (19b) はアウトです。

(19)

a. Sam cut Brian's hair.
b. *Sam cut Brian by/in/on the hair.

どうしてでしょうか。(18b)(19b) には重要な違いが1つあります。(18b) では腕は相変わらずブライアンの体についていますが,(19b) では髪は体を離れてフロアに落ちています。どうやら (2b) タイプの文は,体の一部が体から離れてしまう結果になってはいけないようです。次の (20b) に見られるように,同じ人の髪でも,それを引っぱるときには (2b) タイプの英語が許されるという事実はこの制限と一致します。

(20)

a. Sam grabbed Brian's hair.
b. Sam grabbed Brian by the hair.


次に,多少専門的な話になりますが,部分所有者上昇を, (2a) タイプの文を (2b) タイプの文に変える変形規則(transformation)と見なすことはできないということを見てみましょう。まず,次の (21) の文を見てください。

(21) Small sharks caught in the nets were clubbed to death on the head and their fins cut off. -- REUTERS. "Conservationists Urge Action to Curb Unintended Fish Kills and their fins cut off." The Boston Globe, Vol.263, No.13, p.A20, Tuesday, January 13, 1998.

(21) の前半の等位節に対応する能動文について考えてみましょう。

(22) They clubbed small sharks caught in the nets to death on the head.

もし (22) が変形規則によって生成されたと考えるとそのもとの形は次の (23a)(23b) でしょう。

(23)

a. *They clubbed [small sharks caught in the nets]' heads to death.

b. *They clubbed the heads of [small sharks caught in the nets] to death.

しかし,(23a) (23b) も非文法的です。(23a) の場合には名詞句の small sharks caught in the nets 全体に 's を付けなければならないという別の問題もありますが,ここで一番問題になるのは club the heads to death というコロケーションです。To death という結果に至ることができる目的語は人間でなければなりません。heads などではだめです。(22) を変形規則で派生しようとすると,もともと存在しているはずのない (23a, b) を想定しなければならないという矛盾が生じてしまいます。  

次に,変形規則で派生すると前置詞を付加しなければなりませんが,(21), (22) で on が出てくるということを原理に基づいて説明することはできません。  

また,名詞句の指定部(specifier)に当たる所有格名詞句だけを全体の名詞句から取り出すことは許されません。たとえば,次の (24a) で whose back という名詞句の指定部の whose だけを wh 移動で文頭に動かすことは許されません。

(24)

a. She hit [whose back].
b. *Whose did she hit [ __ back]?

(24a) の whose back 全体を動かさなければなりません。

(25) Whose back did she hit?


さらに,動詞の主語と所有格の名詞句が同一指示的 (coreferential) であれば,でき上がった形はそのままでは非文法的です。次の (26) を見てください。

(26)

a. Andrew laughed, hitting his knee.
b. *Andrew laughed, hitting him on the knee.
(ただし,Andrew と his, him は同一指示的であるとします。)

(26a) の his を him に変えただけではだめで,him を再帰代名詞の himself に変えなければなりません。

(27) Andrew laughed, hitting himself on the knee. -- CCEG, §1.203

しかし,人称代名詞を再帰代名詞に変える変形規則は認められていません。  さらに,次の (28a, b) を見てください。

(28)

a. *He hit their head.
b. He hit their heads.

(28a) はアウトですが,(28b) は彼がかれらを一人ずつなぐっていったという意味でとれば OK です。次に,部分所有者上昇後の文を考えてみてください。

(29)

a. He hit them on the head.
b. *He hit them on the heads.

(29a) (28b) とほぼ同義で,彼がかれらを一人ずつなぐっていったという意味です。 しかし,(29b) はアウトです。(2a) タイプの文を (2b) タイプの文に変える変形規則が (28b) (29a) に変えるためには体の部分である複数形の heads を単数形の head に変えなければなりません。しかし,このような数の変化を原理に基づいて説明することはできません。

近年の文法研究では,1つの動詞が異なる2つの項構造(argument structure)をもつことを交替する(alternate)と言います。(2a)(2b) の交替は部分所有者上昇という語彙意味規則(lexical semantic rule)が (30a) の語彙意味構造(lexical semantic structure)を (30b) の語彙意味構造に変えることによって実現されると考えられます。

(30)

a. X acts on Z's Y.
b. X acts on Z on/in/by Y.

(30a) の語彙意味構造は,意味と統語構造を連結する普遍的,生得的な連結規則 (linking rule) によって (2a) タイプの統語形式に,また,(30b) の語彙意味構造は (2b) タイプの統語形式にそれぞれ連結されると考えられます。


今はどうか知りませんが,私が学生のときには参考書に (1) に対応する英語は (2b) であると書かれていたような気がします。(2a) でもいいと注記されていたかどうか覚えていませんが,いずれにしても (2b) が慣用的であると覚えたような気がします。しかし,(2a) も完全に OK なのに,また,(1) の日本語を素直に英訳したら (2a) になるのに,どうしてわざわざ (2b) を一生懸命(本当かな?)覚えたのでしょうか。

1つの理由は,(1) の日本語からは (2b) の英語がストレートに出てこないということでしょう。(1) の日本語から (2) の英語をつくることはむずかしいので,そのぶん機械的・公式的に一生懸命覚えたというわけです。

もう1つの理由は,英文解釈で (2b) (1) の日本語に訳すことがパターンに違反するということでしょう。次の (31) の英語を訳してみてください。

(31) She hit him on the roof.

次の (32) のようになったでしょう。

(32) 彼女は屋根の上で彼をたたいた。

ということは,(2b) の英語は,注意していないと,次の (33) の日本語になってしまうということということです。

(33) 彼女は背中の上で彼をたたいた。

(33) の日本語はどのように理解したらいいのでしょうか。わたしはギブアップです。 いずれにしても (2a) の英語が (1) の日本語にストレートに対応しないということが,(1) に対応する英語が (2b) であると強調して教えることにつながったのでしょう。もう1つの理由は,人間の場合には,体の部分より,人間全体に興味をもつことが普通なので,その結果として,人間全体に焦点を合わせることが多くなり, (2b) タイプの英語が多くなるということでしょう。

これで今日の話は終わりです。


[参考文献]

  • Alexander, L. G. (1988) Longman English Grammar, Longman, London.
  • CCEG=Collins Cobuild English Grammar (1990), Collins, London.
  • Eastwood, John (1994) Oxford Guide to English Grammar, Oxford University Press, Oxford.
  • Gropen, Jess, Steven Pinker, Michelle Hollander, and Richard Goldberg (1991) "Affectedness and Direct Objects: The Role of Lexical Semantics in the Acquisition of Verb Argument Structure," Lexical and Conceptual Semantics, ed. by Beth Levin and Steven Pinker, 153-195, Blackwell, Cambridge, MA.
  • Kranish, Michael (1998) "Willey Says President Groped her, Lied about it," The Boston Globe, Vol.263, No.75, Monday, March 16, 1998.
  • Lederer, Richard (1987) Anguished English: An Anthology of Accidental Assaults upon our Language, Robson Books, London.
  • Pinker, Steven (1989) Learnability and Cognition: The Acquisition of Argument Structure, MIT Press, Cambridge, MA.
  • Quirk, Randolph, Sidney Greenbaum, Geoffrey Leech, and Jan Svartvik (1985)  A Comprehensive Grammar of the English Language, Longman, London.
     

京都教育大学教授 岡田伸夫
「英語の教え方研究会 NEWSLETTER」より