▼同じ自然現象を見ていても,知識体系が違えば違うとらえ方をします。たとえば,仲良く肩を並べて水平線に沈む夕日を眺めていても,一方が天動説を信じ,他方が地動説を信じていれば,二人の日没のとらえ方は異なるでしょう。
このことは英語についても言えます。同じ英語の文を見ていても,異なる理論を信じていればその分析の仕方も異なります。
1例を見てみましょう。伝統的な学習文法では,タイトルの英語の he knew のような文を挿入と教えています。たとえば江川 (1991, 60) は,関係代名詞の省略を説明している箇所で次の (1) をあげ,主格の関係代名詞は「先行詞の直後に I know, we think などが挿入される場合」には省略することができると述べています。
(1) She is just the type I always knew would attract him.
また,高梨 (1988, 60) は,挿入について説明している箇所で次の (2) の文を示し,(3) のように述べています。
(2) The student who I believed would pass the examination has failed.
(3) また,「関係代名詞+S'+V'+(S)+V」の形式における「S'+V'」や,疑問詞の直後におかれた do you think (believe, imagine, suppose, say) なども挿入句である。
「挿入」という考え方が正しいとすると,(1) の I always knew や (2) の I believed が,本来はそこになかったが,どこかの段階でそこに動いてきたことになります。
挿入文は確かに存在します。たとえば次の (4) の I know は挿入文です。
(4) Many of the applicants, I know, are women.
(4) の I know がその外側の文とは別のイントネーションで発話されるということはそのことの証明です。
▼しかし,生成文法になじみがある人は,タイトルの英語の he knew を挿入ととらえることは納得がいかないでしょう。今日はこの問題についてもう少し深く考えてみましょう。
疑問文には yes / no 疑問文と wh 疑問文があります。wh 疑問文をつくるときには wh 移動という規則が使われます。この規則は,相手に埋めてもらいたい情報のギャップを wh 語で表わし,これを文頭に動かします。次の (5) を見てください。
(5)
A: What did you have for breakfast today?
B: A sandwich.
(5) の A の文のもとの構造は次の (6) だと考えられます。
(6) You had what for breakfast today.
(6) に wh 移動を適用すると,wh 語は文頭に動かされ,次の (7) ができます。
(7) what you had for breakfast today
(7) に主語・助動詞倒置を適用すると上の (5) の A の文ができあがります。
wh 移動は,wh 語を単独で文頭に動かす場合のほかに,wh 語を含むより大きなまとまりを動かす場合があります。次の例文中の下線部の表現を見てください。
(8) What time do you usually get up?
(9) What kind of part-time job does Kaori have?
(10) How old is Namie?
(11) How many watches do you have?
これらの文では wh 語だけを文頭に動かすことは許されません。
(12) *What do you usually get up time?
(13) *How is Namie old?
次の (14) に wh 移動を適用すると,前置詞 in はいっしょに動いていっても ((15)a) もとの位置にとどまっていても ((15)b) かまいません。
(14) The city he visited is located in which part of Shikoku
(15)
a. In which part of Shikoku is the city he visited located?
b. Which part of Shikoku is the city he visited located in?
John Robert Ross は,wh 語がほかの語を引き連れて文頭に動いていく現象を,ハメルンの笛吹きがねずみを町から連れ出したことにたとえて pied-piping と呼びました。
教室や学習参考書で wh 疑問文を説明するときには単文を使います。というのは,疑問文が文の種類の1つとして扱われ,文の種類が単文を使って説明されるからです。したがって,生の英語で次のような複文の wh 疑問文に出くわすと面食らいます。
(16) What do you think you'll do after you graduate?
(17) How much money do you think you'll make at your first job?
(16), (17) のもとの文はどのような文でしょうか。主語・助動詞倒置を適用する前の構造は次の (18), (19) です。
(18) What you think you'll do after you graduate
(19) How much money you think you'll make at your first job
さらに,(18), (19) を wh移動を適用する前の構造にもどすと次の (20), (21) になります。
(20) You think you'll do what after you graduate
(21) You think you'll make how much money at your first job
(20) の what, (21) の how much money は,(18), (19) では従属節と主節の境界を跳び超えて主節の先頭に移動しています。
では,次の (22), (23) のもとの文はどんな形をしていたでしょうか。
(22) What did he say was fun and exciting?
(23) What animals do you think are really grotesque or scary?
主語・助動詞倒置を適用する前の構造は次の (24), (25) です。
(24) What he said was fun and exciting
(25) What animals you think are really grotesque or scary
(24), (25) の文を wh 移動を適用する前の構造にもどすと次の (26), (27) になります。
(26) He said what was fun and exciting
(27) You think what animals are really grotesque or scary
(16), (17) と (22), (23) の違いは,wh 語(ただし (17) と (23) では wh 語を含む句)がもとの文の従属節の中で目的語だったか主語だったかの違いです。
次の (28) の文の先頭の wh 句 (how much longer) は,もとの文 ((30)) の従属節の中では,目的語でも主語でもなく,副詞類です。
(28) How much longer do you think you'll live where you live now?
(29) How much longer you think you'll live where you live now
(30) You think you'll live how much longer where you live now
▼さて,今まで見てきた wh 移動はどれも疑問文をつくるときに使われていましたが,wh 移動は関係節をつくるときにも使われます。次の (31), (32) の文を見てみましょう。
(31) The house [which I visited] has a lovely garden.
(32) They are looking for the spy [who stole the document].
(31) と (32) のもとの文は次の (33) と (34) です。
(33) The house [I visited which] has a lovely garden.
(34) They looked for the spy [who stole the document].
(33) の which は先行詞 house を指す関係代名詞,(34) の who は先行詞 spy を指す関係代名詞です。この which と who を wh 移動で関係節の先頭に回すと (31) と (32) ができます。ただし,(32) ではもともと関係代名詞 who が主語ですので,表面的には動きが見えにくくなっています。
(31), (32) の関係節は単文ですが,次の (35), (36) の関係節は複文ですので,関係代名詞の which は文の境界を跳び超えて関係節の先頭に移動しています。
(35) This is the grammar book [which he says [you should read __ ]].
(36) I will read the memo [which Pat hopes [ __ will be sent to you]].
(35), (36) では,関係代名詞の which がもともとどこにあったかがわかるようにもとの位置に下線を入れています。
ここまでくればタイトルの英語の he knew のような文を挿入文ととらえることが不自然だと思えてくるでしょう。すでに (4) の I know に関して触れましたが,典型的な挿入文はその外側の文(主節)とは別のイントネーションで発話されます。それに対してタイトルの英語の he knew にはそのような音韻上の特徴が見られません。タイトルの英語の he knew は複文からなる関係節の主節なのです。
▼さらに,タイトルの英語の he knew などを挿入文と考えるべきではないということを証明する別の証拠をあげましょう。挿入文で使われる動詞には制限があります。どのような主節でも挿入文になれるわけではないのです。複文の従属節の内容が断定(assert)されるときに限り,統語上の主従と意味上の主従のミスマッチを解消するために,意味上の主要部である従属節を主節に格上げし,意味の上の従属部である主節を挿入文に格下げすることができるのです(岡田 1985)。たとえば次の (37) は,ふつうは信仰を告白しているというより,He is honest. という内容を断定しているととるべきでしょう。
(37) I believe he is honest.
その場合には,主要な意味を担う従属節の he is honest を主節に格上げし,意味の上で従属的な主節の I believe を挿入文に格下げし,たとえば次の (38) をつくることができます。
(38) He is, I believe, honest.
挿入文の中で使われる動詞や形容詞は,従属節の内容を断定する働きをもつものでなければなりません。たとえば動詞 wishは,次の (39) に見られるように,仮定的過去(hypothetical past)を含む従属節を従えますが,従属節の内容を断定しないので,(40) に見られるように,挿入文にすることはできません。
(39) The American English teachers wish the country existed.
(40) *The country, the American English teachers wish, existed.
したがって,次の (41) の the American English teachers wish を挿入文と見なすことはできません (岡田 1986) 。
(41) The America that is depicted there is the country the American English teachers wish existed.
また,次の (42) に見られるように,「?することを提案する」という意味の動詞 suggest は仮定法現在の従属節を従えます。
(42) I suggested the forms be specially annotated.
(42) の I suggestedは従属節の内容を断定しないので,挿入文で使うことはできません。
(43) *The forms, I suggested, be specially annotated.
したがって,次の (44) の I suggested を挿入文と見なすことはできません。
(44) These are the forms that I suggested be specially annotated.
また,動詞 know は従属節の内容を断定することがあるので,(4) のように挿入文で使われることがあるのですが,I'd never known のような否定になると,次の (45b) に見られるように,挿入文では使われません (岡田 1985) 。
(45)
a. I'd never known the creatures existed.
b. *The creatures, I'd never known, existed.
したがって,次の (46) の I'd never known を挿入文と見なすことはできません。
(46) But as I gazed across the lush African plain, what amazed me even more were all the creatures I'd never known existed - the lechwe, the kudu, the lilac-breasted roller.
▼今日は,(i) wh移動が wh 語を文境界を跳び超えて節頭に動かすということと,(ii) 挿入文はその外側の文(主節)とは別のイントネーションで発話されるということと,(iii) 従属節の内容を断定する働きをもつ動詞だけが挿入文で使われるということを見ることにより,タイトルの英語の he knew を挿入文ととらえる見方が正しくないということを証明しました。これからは,生の英語でタイトルの英語のグループのメンバーに出会っても正しい見方で見ることができるでしょう。
REFERENCES
- 江川泰一郎 (1991) 『英文法解説』改訂三版, 金子書房.
- 岡田伸夫 (1985) 『副詞と挿入文』新英文法選書9, 大修館書店.
- 岡田伸夫 (1986) 「関係代名詞の省略」『京都教育大学紀要』Ser.A, No.68, pp.79-96.
- 高梨健吉 (1988)『高校生の新基礎からの英語』美誠社.
京都教育大学教授 岡田伸夫
「英語の教え方研究会 NEWSLETTER 5」より |