前回に続いて,今回も形態論(morphology)の現象を取り上げます。特に,動詞と名詞の規則変化と不規則変化がどのような仕組みで決まっているのかを見てみたいと思います。
Ⅰ. 規則変化と不規則変化
脳の中の辞書(mental dictionary)には,動詞の原形と名詞の単数形が,音韻,統語,意味情報のセットとしてたくわえられています。さらに,脳の中の規則的屈折(regular inflection)部門には,"Add -ed" という規則と "Add -s" という規則がたくわえられています。
規則動詞の過去形と規則名詞の複数形は脳の中の辞書にたくわえられているわけではありません。これらは,脳の中の辞書にたくわえられている動詞の原形と名詞の単数形に過去形をつくる "Add -ed" と複数形をつくる "Add -s" が適用されてつくられます。新語がつくられるとこれらの規則によって過去形と複数形がつくられます。次の(1)を見てください。
(1)
a. He Xeroxed this sheet for me. [Xerox, xerox ゼロックスでコピーする]
b. He made a couple of Xeroxes of the contract. [Xerox ゼロックスでつくったコピー])
それに対して,不規則動詞の過去形と不規則名詞の複数形は,定義上,これらの規則ではつくられません。不規則動詞の過去形は原形と並んで,また,不規則名詞の複数形は単数形と並んで始めから脳の中の辞書にたくわえられています。
規則と不規則の区別は語の意味とは関係ありません。動詞の hit, strike, slap は同じような意味をもっていますが,hit の過去形は同形の hit, strike の過去形は struck, slap の過去形は規則変化の slapped です。逆に,stand(立つ)と stand him up(彼にまちぼうけをくわせる),understand(理解する)は,意味は違いますが,過去形は stood, stood him up, understood で stand-stood の部分は同じです。
英語の典型的な語は,単音節(monosyllable)の1つの語根(root)[屈折接辞 inflectional affix や派生接辞 derivational affix を取り去った後に残る,これ以上分析できない要素] から,あるいはその語根が主要部(head)になり,そのまわりに他の語の語根や接頭辞(prefix)や接尾辞(suffix)がくっついた複合体から なっています。語が規則変化をするか不規則変化をするかは語根,言い換えると語の主要部が何であるかによって決まります。動詞 overshoot(…を射はずす,…を越える)を例にとって考えてみましょう。次の(2)に標示されているように,動詞 overshoot は動詞 shoot に接頭辞 over- がついてできたもので,shoot の一種を表します。
(2)
英語では句の主要部は句の左端に来ますが,語の主要部は逆に語の右端に来ます。(2) では shoot が語根であり,動詞 overshoot の主要部なので,overshoot の過去形は shoot の過去形 shot を継承し,overshot となります。overeat, undo, remake, outsell, understand, become なども同じ内部構造をもっていますので,過去形は不規則な overate, undid, remade, outsold, understood, became となります。
また,名詞 snowman(雪だるま)は,雪のかたまりを擬人化(personification)していますが,man の一種を表すので man が主要部です。snowman は,次の (3) に見られるような内部構造をもち,その複数形は man の複数形 men を継承し,snowmen となります。
(3)
bogeyman(お化け), superwoman, muskox(ジャコウウシ), stepchild, workman, sawtooth(剣歯)も同じような内部構造をもっています。これらの語の語根,別の言い方をすると主要部はどれも不規則変化の名詞ですから,これらの 語の複数形は bogeymen, superwomen, muskoxen, stepchildren, workmen, sawteeth となります。
動詞を活用(conjugation)したり,名詞を語形変化(declension)したりするときには,語の主要部がもっている規則変化あるいは不規則変化の性質を継承します。でも,主要部がないと感じられる語もあります。主要部がないと感じられる語には,"Add -ed" とか "Add -s"とかの規則がデフォルト的に適用されます。Pinker (1999) はこの考え方を語構造理論(word structure theory)と呼んでいますが,これから Pinker (1994, pp.141-145; 1999, pp.147-187) にガイド役をお願いして英語の語の屈折(inflection)の規則変化と不規則変化の世界を訪れましょう。
主要部がないと感じられる語は次の [i]-[vii] のクラスに分類されます。
[i] 擬音語
擬音語(onomatopeia)は語根とは感じられません。したがって,擬音語は主要部がないとみなされ,過去形や複数形にするときには,たとえ音声的には不規則変化の仲間のように響いても規則変化させます。
(4) The engine pinged [not pang or pung].(ping ピューン〔ピシッ〕と音がする)
(5) The canary peeped [not pept].(peep ピーピー〔チューチュー〕鳴く)
[ii] 引用
引用(quotation)はメタ言語(metalanguage)であり,語根とは感じられません。主要部がないので規則変化します。
(6) While checking for sexist writing, I found three "man"s on page 1 (not three "men").
[iii] 名前
名前も,擬音語や引用同様,語根ではなく,単なる音連鎖と感じられるので,主要部がないとみなされます。したがって,たまたま不規則変化の語根と同音であっても過去形や複数形は規則変化をします。次の(7)の名前由来名詞を見てください。
(7)
a. The museum has several Renoirs.
b. I'm sick of dealing with all the Mickey Mouses in this administration.
a Mickey Mouse(馬鹿者,間抜け)→Mickey Mouses(Mickey Miceではない)
c. The Carpenters' is the best of all Please Mr. Postmans.(カーペンターズの『プリーズ・ミスター・ポストマン』が一番いい)
[iv] 借用語
tsunami(津波)や capuccino などの借用語(borrowing)も語根がないと感じられるので,主要部を欠きます。したがって,複数形は規則変化します(tsunamis, capuccinos)。
mongoose(マングース)はインド中西部で話されているマラッタ語(Marathi)の mangus から来たものですから,やはり主要部がないと見なされ,複数形は mongeese ではなく,規則的な mongooses になります。talisman(お守り)もアラビア語の tilasm からきたものなので,複数形はtalismen ではなく,talismans です。
かなり広範囲に適用される音変化規則に [-f]→[-ves] があります。thief―thieves, leaf―leaves, shelf―shelves, life―livesがその例です。でも,次の (8) にあげる借用語は語根がないと感じられるので主要部もなく,規則変化します。
(8) beefs, chiefs, gulfs(<フランス語)
fifes and drums(fife [ドイツ語] 横笛)
quit と cost はフランス語からの借用です。でも,活用は不規則変化の quit―quit―quit, cost―cost―costです。これはなぜでしょうか。quit と cost は1音節語なので,典型的な英語の語根といわば錯覚され,hit や cast と同様に不規則変化するのではないかと考えられます。
[v] 切除語,頭字語
切除語(truncation)とか頭字語(acronym)のような人工的につくられた語も語根をもちません。動詞 synchronize の一部を切除してつくった synch という動詞の過去形は,不規則変化の sanch や sunch ではなく,規則変化の synched です。
[vi] 他品詞由来語
動詞 fly は fly―flew―flownと活用するのに,どうして The batter flew out. ではなく,The batter flied out.(バッターはフライを打ってアウトになった)と言うのでしょうか?英語を母語とする人でも多くの人がこのことを疑問に思うようです。この疑問に答えるために,まず,この動詞の内部構造を考えてみましょう。「飛ぶ」の意味の動詞 fly から「野球のフライ」という意味の名詞 fly ができ,それから「フライを打ってアウトになる」(hit a fly that is caught)という意味の動詞 fly ができています。この語の内部構造は次の (9)(c) に示されているとおりです。
(9)
(c) では最上位のVは語根の動詞から2つの「断層」によって区切られています。まず,下の断層では動詞が名詞に転換しています。次に,その上の断層では名詞が動詞に転換しています。つまり「フライを打つ」の動詞flyは主要部をもたないのです。一番下の動詞 fly の不規則変化性が一番上の V までのぼっていかないから規則変化すると考えてもいいでしょう。
さて,一つ問題です。次の (10) の空所に動詞 slide の過去形を入れるとするとどのような形になるでしょうか。
(10) The doctor ( ) the sample.
slide は slide―slid―slidと不規則変化しますね。ということは slid を入れたらいいのですね。
ところで,(10) の意味は何でしょうか。「医者は標本を(テーブルの向こう側に across the table)滑らせた。」ぐらいでしょうか。ちょっと想像しにくい状況ですが。
実は (10) の動詞 slide は,スライドという名詞(それ自身は動詞の slide から派生してきたのでしょうが)から派生した「スライドの上にのせる」(place on a slide)という意味の名詞由来動詞(denominal verb)と考えたほうが自然でしょう。そうすると(10) の意味は「医者は標本をスライドにのせた。」になります。他品詞由来語の場合には主要部がないことになりますから,空所に入れる過去形は規則変化の slided です。
次の (11)-(12) でも名詞由来動詞が規則動詞として使われています。
(11) Once again, Perot grandstanded to the audience.
(to stand → a grandstand → to play to the grandstand スタンドプレーする)
(12) She threw out all her runned nylons.
(to run → a run → having a run)
動詞 broadcast は「放送する」という意味ですが,その過去形には不規則変化の broadcast と規則変化の broadcasted があります。動詞 broadcast を「広範囲に投げる」という意味でとればその語根は cast ですから,過去形は語根の cast にならって不規則変化の broadcast になります。それに対して,動詞 broadcast を do a broadcast という意味の名詞由来動詞ととれば,主要部がないことになりますからその過去形は規則変化の broadcasted です。
現代英語では名詞 broadcast のほうが動詞 broadcast よりもよく使われるので,動詞 broadcast を名詞由来動詞と感じ,broadcasted という過去形を使うことが多いようです。
動詞 sublet(また貸しする)も同じです。アメリカ英語では let という動詞を「賃貸しする」(lease)という意味で使うことはあまりありません。動詞 sublet を arrange a sublet という意味の名詞由来動詞と感じると過去形には規則変化の subletted を使います。それに対して,sublet を「接頭辞sub-+動詞 let」と感じると過去形には不規則変化の sublet を使います。
ところで,上で The batter flew out. とは言わないと言いましたが,実際には, Ichiro flew out to center field in the ninth inning. という言い方を耳にすることもあります。これは,バスケットボールの試合で,ブロックされるのが実際にはボールであっても Jordan got blocked. と言うのと同じです。飛んでいく野球のボールを擬人化して打者の名前で呼べば,Ichiro flew out. と言っても不思議ではないでしょう。
[vii] bahuvrihi [ba:hu:vri:hi]
人に言及するのに人がもっている物や人がすることに言及する方法があります。たとえば flatfoot はおまわりさんのことをいいますが,おまわりさんは歩き回るので偏平足になっているとおおげさに言ったのでしょう。また,cutthroat は,のどの一種ではなく,かみそりの一種です。また,lowlife は,生活の一種ではなく,low life(社会的・経済的・文化的に低い生活)を送っている人のことを言います。また,still life(静物画)は,life の一種ではなく,静物を描いた絵を言います。
第1要素が形容詞的に第2要素の名詞を修飾し,全体として第2要素が表す物をもつ人を意味する複合語は,サンスクリット語文法では bahuvrihi(サンスクリット語 bahu "much"+vrihi "rice" で,「たくさんの米をもっている人」のことです)と呼ばれ,また,構造言語学では外心複合語(exocentric compound)と呼ばれていましたが,主要部をもたないので,flatfoot(おまわりさん)→ flatfoots, tenderfoot(牧場・鉱山などの荒い仕事に不慣れの者)→ tenderfoots, still life → still lifes のように規則変化します。次の (13) の例も見てください。
(13) All my daughter's friends are lowlifes.
sabertooth(剣歯トラ)も bahuvrihi で,歯の一種ではなく,剣歯をもっているトラ(もう絶滅していて今はいませんが,その化石が古生代の地層の中で見つかっているようです)のことを言います。それで sabertooth の複数形は,saberteeth ではなく,sabertooths になるのです。
ところで,トールキンの『指輪物語』(The Lord of the Rings)はご存じですか。この中にホビットのビルボ・バギンズが111歳の誕生日の祝宴に来てくれた客の前でスピーチをする場面 があります。次の (14) を見てください。
(14) "My dear Bagginses and Boffins," he began again; "and my dear Tooks and Brandybucks, and Grubbs, and Chubbs, and Burrowses, and Hornbloweres and Bolgers, Gracegirdles, Goodbodies, Brockhouses and Proudfoots." "ProudFEET!" shouted an elderly hobbit from the back of the pavilion. His name, of course, was Proudfoot, and well merited; his feet were large, exceptionally furry, and both were on the table. "Proudfoots," repeated Bilbo. ―J. R. R. Tolkien, The Fellowship of the Ring, the First Part of The Lord of the Rings
ビルボがスピーチの冒頭で「Proudfoots家の皆さん」と呼びかけると,聴衆の中にいた Proudfoot の長老が Proudfeet だと反駁します。ビルボはひるまずに「Proudfoots家の皆さん」と繰り返します。語構造理論に従えば,このビルボの言語判断には十分な根拠があり ます。
ところで,「Proudfoots ではなく Proudfeet だ」という箇所は日本語に訳すとどうなるのでしょうか。foots でも feet でも意味は同じでしょう?瀬田・田中訳では次の(15) のようになっています!
(15) 「親しいバギンズの皆さん,ボフィン家の皆さん」ビルボは改めて始めました。「また親しいトゥック家,ブランディバック家,堀家,丸面 家,兎穴家,角吹家,ボルジャー家,袴帯家,身善家,穴熊家,足高家の皆さん,」「上足(アゲアシ)家だ!」 大テントの奥の方の年配のホビットから声がかかりました。いうまでもなくそのひとは足高家のもので,その名をはずかしめないのも道理,二本の足は大きい上 に特別 毛深く,二本ともテーブルの上にどっかとおかれていました。 「足高家の皆さん,」ビルボは繰り返しました。 ―J. R. R.トールキン著,瀬田貞二・田中明子訳,新版指輪物語1『旅の仲間 上1」評論社.
実は flatfoot や tenderfoot の複数形には flatfeet や tenderfeet もあります。これはなぜでしょうか。修辞法の一つに,blade(刃)で sword(剣)を表したり,sail(帆)で ship(船)を表したりする技法があります。この修辞法は部分で全体を表す技法で,synecdoche(提喩)と呼ばれます。He is always chasing skirts. の skirts は girls の synecdoche です。
flatfoot の複数形を flatfeet とするのは flatfoot を synecdoche として使っているからではないでしょうか。
やっとタイトルの Walkman にたどり着きました。Walkman は,人の一種ではなく,personal stereos の一種です。でも,bahuvrihi ではありません。というのは,bahuvrihi の lowlife が low life をもち,同じく bahuvrihi の flatfoot が flat feet をもつのに対して,Walkman は man をもたないからです。Walkman を英語でパラフレーズすると that which allows man to walk (while listening to music) ぐらいでしょうが,主要部がないことは確かなので,複数形は,Walkmen ではなく,Walkmans になるのです。
もっとも,Walkmen の形もあることはあります。語構造理論によると,Walkman の man を主要部と知覚(perceive)すれば複数形は Walkmen になるはずです。実際にそのように知覚する人がいるということなのでしょう。
次に,綴り方の問題について少し考えてみましょう。y で終わる名詞に複数接尾辞が付加されるときには,army, body, cherry → armies, bodies, cherries に見られるように,y は i に変わり,複数接尾辞は -es になります。同様に,y で終わる形容詞に名詞をつくる接尾辞 -ness が付加されるときには,happy, pretty, ugly → happiness, prettiness, ugliness に見られるように,y は i に変わります。
しかし,名前に由来する名詞やほかの品詞から名詞になった語は主要部がないので綴り字はそのままで語尾に -s がつきます。次の(16) を見てください。
(16)
a. I'll have two Bloody Marys.
b. They wanted the 'skinnys' to become fat and the 'fattys' to become skinny.
-ies と綴る例,たとえば太った人を fatties と綴ったり,日刊新聞を dailies, 週刊誌を weeklies と綴ったり,ロッキー山脈を the Rockies と綴ったりする例もたくさんありますが,(16) の例は,主要部のない語が,y を i に変えて es をつける規則の適用を免れるということの証拠になるでしょう。
京都教育大学教授 岡田伸夫
「英語の教え方研究会 Newsletter 4月号」より |