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今日は,blocking とか pre-emption とか呼ばれている言語現象について考えてみようと思います。 今まで疑問に思っていたことのいくつかが1つの原理で説明されます。
規則変化の動詞の過去形は,work/worked, talk/talked, jog/jogged などのペアに見られるように,原形に接尾辞
すでに獲得されていて心的辞書に書き込まれている表現 X の存在が,ある種の規則によってつくられるはずの表現 Y が実際につくられるのを阻止したり,一旦は使っていた表現 Y をそぎ落としたりすることは blocking (Aronoff 1976, p.43) とか pre-emption (Clark and Clark 1989, p.798) とか呼ばれています。
次の (1) に見られるように,Xous という形の形容詞の中には接辞の -ity, -ety をつけられて名詞に変わるものがあります。
でも,furious, glorious, gracious を *furiosity, *gloriosity, *graciosity に変えることはできません。これらが許されないのは,名詞 fury, glory, grace がすでに存在しているからだと思われます (Aronoff 1976, p.45)。
形容詞に接尾辞 -ly をつけて副詞に変える規則があります (quick → quickly, careful → carefully) が,この規則は good や fast や hard には適用されません (*goodly, *fastly, hardly 〔「ほとんど~ない」という意味では使われますが,「一生懸命に」とか「激しく」の意味では使われません〕)。*goodly が使われないのは,well という同義の副詞にブロックされるからです。また,*fastly や *hardly が使われないのは fast と hard をそのままの形で副詞に使う方法が先に定着しているからです。
chicken, turkey, pheasant, buffalo, lamb, rabbit などの動物の名前は一羽の鳥あるいは一頭(匹)の動物あるいはその肉を指すことができます。次の (2)a と (2)b を見てください。
(2)b の chicken の前に冠詞の a がないことに着目してください。ニワトリの肉は物質名詞で,数えられませんから a をつけないのです。(2)b の chicken の前に a をつけたら,I がニワトリ1羽を丸ごと食べることになりますから,I はキツネじゃないでしょうか。草むらに潜んでチャンスを狙っていたのかもしれませんね。
でも,cow, pig, sheep, deer の場合には beef, pork, mutton, venison という肉を表す語がすでに存在しています。beef, mutton, pork, venison という肉を表す語の存在が,cow, sheep, pig, deer を無冠詞で肉を表す語として使うことをブロックします。したがって,I ate pork. とは言えますが,*I ate pig. とは言えません (Gruber 1976. pp.295-6; Clark and Clark 1979, p.798, fn.9)。
英語では名詞をそのままの形で動詞に転用する用法が顕著です。たとえば次の (3) の例を見てください (O'Grady et al. 1995, p.2)。
(3) の→の右側のイタリックの動詞は名詞由来動詞 (denominal verb) と呼ばれます。
しかし,次の (6) に見られるように,もっともポピュラーな乗り物の car と airplane は動詞に転用することができません。
名詞由来動詞としての *car, *airplane は,go by car, go by plane の意味をもつ,先に定着している動詞 drive, fly によってブロックされるからでしょう (Clark and Clark 1989, p.798; Clark 1987, p.7)。
X という期間を表す名詞は「Xの期間どこかにいる (to be somewhere for the period X)」という意味の動詞に変えることができます (Clark and Clark 1979, p.773)。
次の (7)a-d を見てください。
ただし,autumn については個人差があるようです。Clark and Clark (1979, p.800) は autumn を (7) のように使うことができると言っていますが, O'Grady et al. (1995, p.14, Note 1) はそのような使い方はできないと言っています。 また,O'Grady et al. (1995, p.14, Note 1) は,*They weeked in the Maritimes. 〔the Maritimesカナダの一地域名。the Maritime Provinces とも言う〕もよくないということ指摘し,autumn や week を (7) にならって使うことができないのはなぜか説明できないと述べています。
次の (8) に見られるように,midnight や noon や one o'clock も (7) のように使うことができません。
これは midnight, noon, one o'clock が期間ではなく時点を表すからでしょう。 *for midnight とか *for noon ではなく,at midnight とか at noon と言うことに注意しましょう。
次の (9) もよくありませんが,それは for a week という期間が summer の表す期間と整合しないからでしょう。 (9) *Julia summered for a week in Paris.
上の (7) で,期間を表す名詞の動詞への転用例を見ましたが,次の (10) はよくありません。
さて,ここでタイトルの質問に戻りましょう。「色が薄い,淡い」というときには色の名前の前に pale という形容詞をつけて次の (11) のように言います。
でも,red に pale をつけて *the pale red cushion とすることはできません (Householder 1971, pp.74-75)。これはなぜでしょうか。pale red の意味を表す簡単な1語があるでしょう。そうです。すでに存在している pink が pale+red の結合をブロックするのです。
3回以上の回数を表すときには three/four/five/... times と言いますが,1回と2回は,普通,once と twice と言います。 (12) I have been to Lancaster once/twice/three times. 規則的な one time, two times は once, twice によってブロックされるのです。
blocking が働かないで,一見したところ同じ意味の表現が共存することがあります。でも,それらの意味をよく考えてみると全くの同義ではないと思われます。たとえば,豚肉は pork と pig meat の両方で表現することができますが,両者は全くの同義ではなく,pig meat は,pig が明示されている分だけ,pork に比べて,肉の組成を際立たせる結果になります (Langacker 1987, p.57)。
once や twice のほかに one time や two times を使うこともあります。ただ,one time や two times は,once や twice に比べると,回数をより強調しているように感じられます。 また,普通は pink が pale red をブロックしますが,McCawley (1978, p.268)は,pale ではあっても pink と言えるほど pale ではないときに pale red を使うと言っています。
Clark (1987, p.2) は「2つの形式は意味が対立しなければならない (Every two forms must contrast in meaning)」という対立の原理 (the Principle of Contrast) をあげています。Bolinger (1977, p.ix) の "any word which a language permits to survive must make its semantic contribution" という作業仮説もありましたね。pale red は pink とオーバーラップしない意味領域を見つけてそこで survive しているのでしょう。
ついでですが,上の対立の原理と「2つの意味は形式が対立しなければならない」という同義性の仮説 (the Homonymy Assumption) とは全くの別物です。同義性の仮説は一般的には成立しません。bank と bat が「銀行;土手」と「野球のバット;コウモリ」の2つの異なる意味をもっているという事実は同義性の仮説に対する明らかな反例です。 (来月号に続きます。)
京都教育大学教授 岡田伸夫 「英語の教え方研究会 Newsletter 6月号」より |