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「彼は東京に住んでいます」「彼女は自分で稼いだ金でケータイを買った」「彼らはボストンからニューヨークに列車で行きました」の「に」「で」「から」は,日本語の文法では「助詞」と言います。 これらの文に対応する英語は,"He lives in Tokyo." "She bought a cellular phone with the money she earned." "They went from Boston to New York by train."ですが,英語では日本語の「に」「で」「から」が"in" "with" "from" "to" "by"で表されます。英文法では"in" "with" "from" "to" "by"は前置詞(preposition)と呼んでいます。 動作を表すということに注目して命名したので同じ名前になりましたが,もし日本語文法で名詞句の前に 来るという特徴を取り上げて動詞を「前置詞」と名づけていたら,英語の動詞と同じものだということが見えにくくなっていたかもしれません。
次の(1)と(2)の句を見てください。
a は動詞句,b は名詞句,c は形容詞句,dは前置詞句です。どの言語のどの文も句構造をもっています。 句は,語彙範疇(lexical category)である動詞,名詞,形容詞,前置詞によって実現される主要部 [(1)と(2)の下線部]と,主要部の意味を補完する句である補部(complement)からなっています。句が主要部と補部からなるという普遍性は「Ⅹバー理論」(X-bar theory)によってとらえられます。 Ⅹバー理論には世界の言語の語順の違いを説明する仕組みも組み込まれています。 この仕組みは「ヘッド・パラメター」(head parameter)と呼ばれていますが,ヘッド・パラメターの値として head-initial(「主要部が補部に先行する」)と head-final(「主要部が補部に後続する」)の2つのオプションが認められています。英語は head-initial を選び,日本語は head-final を選んだというわけです。 Murphy (1994, p.244)の次の(3)の例を見ると,at the door がドアのところにいることを表し,on the door がドアに貼ってある(接触している)ことを表すということがよくわかります。
at the sea/river/lake と言えば,実際は near/beside the sea のことです(Thomson & Martinet 1994, p.98)。 (ただし,the のない at sea は on a voyage あるいは on a ship のことです。)それに対して,on the sea は on the surface を,また,in the sea は in the volume of water を表します(Close 1981, p.150)。
次の(4)と(5)を見てください。
ただし,水面で泳いでいると発想すれば I was swimming on Lake Windermere. となります(Greenbaum and Quirk 1990, p.192)。
次の(7)の into the wall は,the wall を平面ととるか立体ととるかによって,2通りの状況が考えられます(into the wall は意味的には *to [in the wall]であることに注意してください)。
(7)aの一番普通な意味は「ゴキブリが穴を通って壁の内部へ入っていった」という意味です(Jackendoff 1990, p.108)。それに対して,(7)bは「ビルが壁の表面に激しく衝突した」という意味です。
at the station では the station は点と見なされているのですから,ケンは実際には駅の建物の中の in the ticket office/waiting room/restaurant にいてもいいですし,駅と接した in the street outside にいてもいいですし,on the platform にいてもいいわけです(Thomson and Martinet 1986, p.98)。
次に,下の(8)aの on the grass と(8)bの in the grass の違いが何か考えてみましょう。
(8)aでは the grass を平面と見立てているわけですから The grass is short. ということになります。それに対して,(8)bでは the grass を立体と見立てているわけですから The grass is long. ということになります(Quirk et al. 1985, p.676)。
それに対して,タクシーに乗るときには in a taxi と言って,*on a taxi とは言いません。どうしてこのような違いが出てくるのでしょうか。 Jackendoff (1992, p.117)が言うように,バスや列車やヨットや大型飛行機など,大きな乗り物の場合には容器の中にいると考えることもできるし,一種のプラットフォーム の上にいると考えることもできるからでしょう。 それに対して,車やオールでこぐボートや小型飛行機などの小さい乗り物の場合にはプラットフォームの上にい ると考えることができないからでしょう。
次の(10)aのやりとりはOKですが,(10)bのやりとりはアウトです(Gruber 1976, pp.58-59)。
on her と言えば実際に体に接触していなければならないのですが,with her の場合には必ずしもその必要はなく,たとえば She has one in the car that came with her. でもいいのです。 in は,次の(11)に見られるように,ものごとが起こる場所(place)を表します。
それに対して,into は,次の(12)に見られるように,あるものがある経路(path)を通って移動していくときのものの着点(goal)を表します(Close 1975, p.171)。
たとえば,次の(14)は,「ビンが橋の下で浮いていた」という意味でとることもできるし,「ビンが浮きながら橋の下に流れて行った」という意味でとることもできますが,それは under が場所と着点のどちらの意味でとることもできるからです(岡田 2001, pp.97-98)。
さらに,(14)の under the bridge は「橋の下を通過して」という通過点を表すこともできます(Jackendoff 1990, p.72)。
また,次の(15) は「ボールは家から離れたところで転がっていた」という意味でとるここともできますし,「ボールは家から離れて転がって行った」という意味でとることもできます(Gruber 1976, p.69)。
つまり,away from は場所と起点(source)の2つの意味をもっているのです。
たとえば「ビンが橋の下から浮きながら流れてきた」というためには A bottle floated from under the bridge. としなければなりません。 (16)の away from は from があるから起点としても解釈できるのです。 「橋の下へ」という着点を表すときに under the bridge に to を加えて,*to under the bridge とすることはできません。to [in the room] は to と in がひっくり返って into the room となりますが,to [under the bridge] に対しては *underto the bridge という言い方はなく,単に to を落として言います。
ただし,from A to B の型にはめて,たとえば A mouse ran from behind the sofa to under the porch. のように言うことはできます。 京都教育大学教授 岡田伸夫 「英語の教え方研究会 Newsletter 9月号」掲載予定 |