5.統語構文
basic/nonbasicの違いは統語構文の違い(項構造argument structureの違いと言ってもいいです)にも出てきます。英語にはgive NP a [X]という構文があります。
(16) Nixon gave Ron a kick in the pants.
(17) Harry gave Irma a kiss.
この構文のXの位置に現れる名詞はゲルマン系の1音節動詞からの転換(conversion)(動詞と同形のまま品詞と意味だけが変わるのでゼロ派生zero-derivationとも呼ばれます) であり,もとの動詞は,意味上,「目的語に影響は与える(affect)が,変化は及ぼさない」行為に限られています(Goldsmith 1980, p.441)。
(18) give NP a slap/lap/kiss/*kill/*stab/*?cut
二重目的語構文が許されるか否かも動詞のゲルマン系/ラテン系の違いに(部分的に)支配されています。二重目的語構文で使われる動詞は意味上次の(19)-(28)のクラスに属しています。
(19) |
与える: give, pass, hand, lend; *donate, *contribute |
(20) |
送る: send, ship, mail; *transport, ?deliver, ?*air-freight, ?Federal-Express, ?*courier, ?*messenger |
(21) |
あるものに瞬時的にある方法で力を加え,それを軌道を描いて動かす: throw, toss, kick, fling, flip, slap, poke; *propel, *release, *alley-oop, *lob-pass |
(22) |
コミュニケ-トする: tell, ask, show, teach, quote, cite, write, read; *explain, *announce, *describe, *deliver, *admit, *confess, *recount, *repeat, *report, *declare, *transmit |
(23) |
つくる: bake, build, cook, make, knit, fix(飲食物をつくる), sew; *construct, *create, *design, *devise, ?*tempura |
(24) |
手に入れる: get, find, buy, order, win, earn; *obtain, *purchase, *collect |
(25) |
あるものに持続的に力を加え,それといっしょに動くが,それの動き方ではなく,動く方向を示す ("to here" 対 "away from here"): bring, take |
(26) |
将来所有させる: offer, leave, assign, award, reserve, grant, bequeath, refer, recommend, guarantee, permit, promise |
(27) |
コミュニケ-ションの道具を用いて伝える: e-mail, radio, telegraph, telephone, wire, satellite, netmail, arpanet |
(28) |
不利益を与える/将来もたないようにする: cost, spare, save, charge, fine, forgive, envy, begrudge, deny, refuse |
そのうちの(19)-(24)の意味クラスにはラテン制約 (Latinate restriction)と呼ばれる形態音韻制約が課せられます。((25)の意味クラスにはbringとtakeの2語しかありませんので,ラテン制約 が働いているかどうか不明です。)簡単に言うと,次の(29)-(34)のbに見られるように,意味上,(19)-(24)のクラスに属する動詞はゲルマ ン系のbasicなものしか二重目的語構文で使えません。
(29) |
a. |
John gave/donated/contributed/presented a painting to the museum. |
|
b. |
John gave/*donated/*contributed/*presented the museum a painting. |
(30) |
a. |
Bill told/reported/explained the story to them. |
|
b. |
Bill told/*reported/*explained them the story. |
(31) |
a. |
Kate showed/*demonstrated the technique to Alan. |
|
b. |
Kate showed/*demonstrated Alan the technique. |
(32) |
a. |
Sue built/constructed/designed the house for us. |
|
b. |
Sue built/*constructed/*designed us the house. |
(33) |
a. |
I'm going to fry/parboil/tempura a banana for my parents. |
|
b. |
I'm going to fry/?parboil/?*tempura my parents a banana. |
(34) |
a. |
Max got/obtained a ticket for Alice. |
|
b. |
Max got/*obtained Alice a ticket. |
もちろん(33)bのtempura(てんぷらをつくる)はラテン語由来ではありません。それにもかかわらず(33)bのtempuraの容認可能性は低い(?*)です。ひょっとすると,問題の制約は,ラテン語だけではなく,すべての外来語に適用されるのかもしれません。
Gropen et al. (1989, p.220)はChiLDESのデータベースの中のAdam, Eve, Sarah, Ross, Markの発話と彼らに話しかける大人の発話に着目し,どのような動詞が二重目的語形(V+NP+NP)あるいは前置詞つき与格形 (V+NP+to/for NP)で使われているかを調査しました。
こどもたちがラテン系のプロソディーをもった動詞を二重目的語形あるいは前置詞つき与格形で使っている例はありませんでした。(ラテン系のpromiseとfinishはそれぞれ一方の構文で使われていましたが,これらは第1音節に強勢が移り,プロソディー上,ゲル マン化していると考えられます。)
また,大人がこどもに語りかけた数千に及ぶ前置詞つき与格文で使われていたラテン系の音韻構造をもった動詞は explainだけでした。
もっと詳しく言うと,Adamに1回,Sarahに1回使われていました (ラテン系のmeasure, package, finishがfor-dative 受益(benefactive)構文の中でそれぞれ1回ずつ使われていましたが,これらも第1音節に強勢が移っていますのでゲルマン化していると考えられ ます)。大人がこどもに話しかけるときに使う動詞は,通例,ゲルマン系の動詞であると考えてよいでしょう。
私自身,こどもが小さいときには和語で話しかけていたと思います。また,こどもに「お父さん,ケンチクスルってタテルこと?」というタイプ の質問をされたことはありますが,逆の「お父さん,タテルってケンチクスルこと?」というタイプの質問をされたことはないように思います。
こどもがラテン制約に従わない(26)や(27)のクラスの動詞を経験するのは少し遅くなるようです。
bequeathやarpanet(アーパ ネットを使って送信する)などは,非ゲルマン系の語を頻繁に経験するようになってから経験するようです。
(もっとも,arpanetのような専門的な語は 大人になるまで経験しない,あるいは大人になっても経験しないかもしれません。)
ネイティブ・スピーカーは語のどのような特徴を見て特定の語がbasicかnonbasicかを区別するのでしょうか。
語のどこにそのような情報が あるのでしょうか。これには二つの考え方があります。
一つは,こどもが物理的存在である音節構造に着目し,basicかnonbasicかを区別するとい う考え方です。
もう一つの考え方は次のようなものです。ラテン系の多音節語は,形態上,意味をもたない接頭辞と語幹から成っています。
(35) |
a. |
re-, de-, pre-, in-, con-, trans-, sub-, ad-, ex-, per-, ... |
|
b. |
-fer, -mit, -sume, -ceive, -duce, -nounce, -pel, -plain, ... |
こどもは,語が,意味をもたない接頭辞と意味をもたない語幹から成っているかどうかを観察してnonbasicかbasicかを区別するのかもしれません。
こどもはbasic/nonbasicの区別が語の形態的及び統語的な振る舞いを左右するという知識をどのようにして獲得したのでしょうか。
すべて のこどもが小学校にあがる前に親から英語史の講義を受け,これこれの語はbasic/nonbasicであり,これこれの形態的あるいは統語的振る舞いを すると明示的に教わったわけではありません。
そもそもそのような知識(世界の知識の一部です)をもっている親がそれほど多いとは思えませんし,親がたまた まそのような知識をもっていたとしても言語獲得期のこどもにこのような英語史の講義をすることはまずないでしょう。
また,すべてのこどもが,「(19)- (24)の意味クラスに属する動詞で実際に二重目的語構文で使えるものはbasic verbに限られている」という知識を数年のうちに偶然習得するとも考えられません。
こどもは,basic wordとnonbasic wordの区別が語の形成法や統語構文の成否にかかわってくることを生得的に知っていると考えざるをえません。こどもはどちらのクラスの語が特定の構文で 使われるかに最初からアンテナを張っているのでしょう。
だから,(19)-(24)の意味クラスに属する動詞で二重目的語構文で使われるものがbasic wordに限られていることに気づいた時点で,これらの意味クラスにはラテン制約が課せられていると考えるのでしょう。
basic wordとnonbasic wordが音節構造によって区別されるのか形態構造によって区別されるのか現時点ではまだよくわかりませんが,どちらであっても,こどもは言語を獲得する 際に,語のどのような特徴に着目したらよいか,着目すべきかを生得的に知っているのでしょう。
今日は,英語におけるbasic wordとnonbasic wordの区別を見てきましたが,この区別が,レキシコンや文体やレジスターの違いにとどまらず,語形成法や句動詞の成否や統語構文の成否にかかわる重要 な区別であるということは十分に認識していただけたと思います。
REFERENCES
Di Sciullo, Anna Maria and Edwin Williams (1987) On the Definition of Word, MIT Press, Cambridge, MA.
Dixon, R. M. W. (1991) A New Approach to English Grammar, on Semantic Principles, Oxford University Press, Oxford.
Fraser, Bruce (1974) The Verb-Particle Combination in English, Taishukan, Tokyo.
Goldsmith, John (1980) "Meaning and Mechanism in Grammar," Harvard Studies in Syntax and Semantics 3, 423-449.
Gropen, Jess, Steven Pinker, Michelle Hollander, Richard Goldberg, and Ronald Wilson (1989) "The Learnability and Acquisition of the Dative Alternation in English," Language 65, 203-257.
Pinker, Steven (1989) Learnability and Cognition: The Acquisition of Argument Structure, MIT Press, Cambridge, MA.
Randall, Janet H. (1980) "-ity: A Study in Word Formation Restrictions," Journal of Psychological Research 9, 523-534.
Whorf, Benjamin Lee (1956) Language, Thought, and Reality: Selected Writings of Benjamin Lee Whorf, ed. by John B. Carroll, MIT Press, Cambridge, MA. |
大阪大学教授 岡田伸夫 |