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1.はじめに 次の(1)は主語のJohnが担う意味役割(semantic role)―主題役割thematic roleと言うこともあります―が三つ考えられるので3通りに解釈することができます(Jackendoff 1990, p.129)。 (1) John rolled down the hill. Johnが担う意味役割の三つというのは次の(2)の(i)-(iii)です。
(i)の有意図の動作主の場合には(1)にdeliberatelyをつけてJohn deliberately rolled down the hill.とすることができます。それに対して(ii)の無意図の動作主の場合にはaccidentallyをつけてJohn accidentally rolled down the hill.とすることができます。 (iii)の被動者の場合にはafter he was thrown from the car crashをつけてJohn rolled down the hill after he was thrown from the car crash.とすることができます(Jones 1985, p.109)。 動詞が従える項(argument)の意味役割が何か,付加詞(adjunct)の意味役割が何かを知ることは文の意味を正確に理解し,一定の意味を文で正確に表現するのに不可欠です。今日は動詞の項と付加詞が担う意味役割について考えてみましょう。 2. 主語が担う意味役割 どのような意味役割を担う項が主語になるか見てみましょう。 2.1. 動作主 動詞breakは有意図の動作主(agent)のほか,自然力(natural force)や道具も主語にとることができます。 (3) {The vandals/the storm/the rocks} broke the windows. それに対して,動詞cutは自然力の主語化は許しませんが,動作主と道具の主語化は許します。 (4) The baker/that knife cut the bread. また,murder, assassinate, write, buildは,breakやcutとは異なり,有意図の動作主は主語にしますが,道具を主語にすることはできません(Levin and Rappaport Hovav 1994, p.62)。
Dillon(1974, p.224)は「悪事を働く」という意味の動詞は有意図の主語を要求するようであると指摘しています。 ただし,次の(8)に見られるように,murderをaccidentallyで修飾すると,意図的に殺害したことはしたのですが,途中のどこかでミスって当初の計画通りに事が運ばなかったということを表します(Goldberg 1995, p.144)。
動作主にプロトタイプがあるとすれが,それは有意図の動作主でしょう(Schlesinger 1989, p.194) 。有意図の動作主が主語になるのは普通ですが,動作主は,有意図でなくても主語になります。有意図でなくても動作主は起こしたことに対しては責任があるわ けで,出来事の原因(cause)が主語になるという原則が働いているのかもしれません。例で考えてみましょう。John broke the glasses.のジョンは,グラスを割るつもりがあったかなかったかにかかわらず,グラスが割れたことに対して責任があります。そのことはどちらの場合 でもWhat John did was break the glasses.とパラフレーズできるということに現れています。ジョンはグラスが割れるという出来事の原因になっているので主語になっているのでしょ う。 次の(9)に無意図の動作主の例を一つあげます。
2.2. 自然力 自然力が主語になることもあります。 (10) The wind broke the branch. natural force ― Levin(1985, p.43) 自然力ですから,意図はもちませんが,ある出来事を引き起こす力はあるのでWhat ... do構文でパラフレーズすることができます。 (11) What the wind did was blow the tree down. ― Cruse(1973, p.16) 自然力は受動態のbyの後ろに出てくることもありますが,それは自然力がある出来事を引き起こす力をもっているという点で動作主に近いからでしょう。 (12) A lot of trees were blown down by the wind. ― Delancy(1990, p.141) 次の(13)aと(13)bを比べてください。
道具主語の場合には潜在的動作主(implicit agentive)が前提になりますが,自然力主語の場合にはそのような前提はありません(Huddleston 1971, pp.110-111)。 2.3. 経験者と刺激 fear/frighten, like/pleaseのような心理動詞(psych verb)と呼ばれる動詞は次の(14)に見られる2通りの項構造が可能です。
(14)aでは経験者(experiencer)が主語に,刺激(stimulus)が目的語に,逆に,(14)bでは,刺激が主語に,経験者が目的語に なっています。Grimshaw(1990, p.23)は,fear, likeを状態動詞,frighten, pleaseを使役動詞と分類し,使役動詞の原因は必ず主語になると述べています。つまり,経験者あるいは刺激が必ず主語あるいは目的語で実現するという 規則を立てることはできず,どのような動詞の経験者あるいは刺激であるかによって主語になるか目的語になるかが決まるのです。 2.4. 原因 次の(15)の主語Loss of bloodは道具ではなく原因を表しています。 (15) Loss of blood killed the victim. というのは,次の(16)に見られるように,出血を使って人を殺すわけにはいかない(Langendoen 1970, p.74)からです。 (16) *John killed the victim with loss of blood. loss of bloodをofあるいはfromで導かれる原因句で表現すると,次の(17)に見られるように主題(theme)(§2.7.参照)であるthe victimが主語になります。 (17) The victim died of/from loss of blood. (15)と(17)から明らかなように,どのような動詞のどのような意味役割の項かによって主語になるか,of/from句で実現されるかが決まります。 2.5. 道具 次の(18)のpoisonは道具と原因の二つの意味で解釈することができます(Langendoen 1970, p.75)。 (18) Poison killed the victim. つまり,(18)の二つの意味は次の(19)あるいは(20)の文で表現することができます。 (19) The victim died of poison. (20) John killed the victim with poison. 英語では道具が主語になることができますが,このことは普遍的ではありません。たとえば日本語では,次の(22)bに見られるように,道具は主語になれません(Schlesinger 1988, p.132; 1989, p.205)
2.6. 被動者 普通,被動者(patient)―動詞の行為を受けるもの―は他動詞の目的語になりますが,次の(23)と(24)では主語になっています。 (23) The book sold well. (24) Bureaucrats bribe easily. 受動態の文の主語も被動者です。 (25) The book was sold well. (26) Bureaucrats were bribed easily. (23)のsoldと(24)のbribeは,形式上は能動態ですが,(23)の主語のThe bookと(24)の主語のBureaucratsは意味上はそれぞれsoldとbribeの目的語です。(23)と(24)の構文は,能動態と受動態の 中間体ということで中間構文(middle construction)と呼ばれることがあります。中間構文は表面上は動作主を含みませんが,意味上は,(23)ではsellerが,(24)では briberが潜在的動作主として理解されています。 (23)は話し手が本自身の特性の中に売れる原因があると判断する場合に場合に使われます。また,(24)は話し手がBureaucratsの本性の中に 簡単に賄賂を受け取る部分があると判断する場合に使われます。それに対して,受動文の(25)や(26)にはそのような制約はありません。むしろ, (25)からは営業部員の努力や新しい営業体制のせいで本がよく売れたという印象を受けますし,(26)からは官僚を金で操る側の狡猾さがイメージされま す。 被動者は,普通,他動詞の目的語になりますが,中間構文の主語になることができるのは,上の(23)と(24)に見られるように,被動者が動詞が表す行為に対して責任をもつ(被動者が一種の動作主として働く)からかもしれません(Van Oosten 1977, p.461; Dixon 1991, p.322; Goldberg 1995, pp.183-184)。 どのような他動詞が中間構文で使えるのでしょうか。次の(27)a-dに見られるように,どの他動詞でも中間構文で使えるというわけではありません。
中間構文で使える他動詞はどのような特徴を共有しているのでしょうか。他動詞は,次の(28)に見られるように,どのような意味要素を含んでいるかによって,(i)touch類(touch, kiss, hug, stroke, contact, ...),(ii)hit類(hit, beat, elbow, kick, punch, poke, rap, slap, strike, ...),(iii)cut類(cut, slash, chop, hack, chip, ...),(iv)break類(break, shatter, crack, split, crumble, ...)の四つに分類することができます(Pinker 1989, p.107)。
cut類の他動詞は,動作主が道具を移動させ,道具をものに接触させ,その結果そのものに切り口を入れるか,二つに切ってしまいます。移動→接触→結果と いうのはそのプロセスを表しています。中間構文で使える他動詞はcut類とbreak類であり,その二つの類は結果という意味要素を含んでいます。 2.7. 主題 次の(29)のthe balloonはある場所に存在していると陳述されています。 (29) The balloon was on the floor. ある場所に存在していると陳述されているものの意味役割を主題と言います。また,場所を移動すると陳述されているものの意味役割も主題と言います。 (30) The balloon rose from the floor to the ceiling. さらに,状態を比喩的に場所と見なし,ある状態にいると陳述されているものの意味役割と状態が変化すると陳述されているものの意味役割も主題と呼びます。
ところで,動詞meltは次の(33)に見られるように使役構文で用いることもできます。 (33) The sun melted the ice. (32)のmeltのように,他動詞の目的語として現れることができる要素を主語にとる自動詞は非対格動詞(unaccusative verb)あるいは能格動詞(ergative verb)と呼ばれます。非対格動詞には,meltのほか,boil, bounce, close, dry, fracture, hang, move, open, rollなどがあります。appear, arrive, arise, emerge, erupt, fall, sinkなどの自動詞には他動詞用法はありませんが,これらの自動詞も非対格動詞のグループに入れます。 大阪大学教授 岡田伸夫 |