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3.主語の選択 John broke the glasses.とかLoss of blood killed the victim.とは言えますが,*The glasses broke John.とか*The victim killed loss of blood.とは言えません。動詞が複数の項をとる場合にはどの項が主語になるかという問題が出てきます。 Fillmore(1968, p.33)の格文法(case grammar)では次の(34)の主語選択規則が立てられました。ただし,対象格(objective case)というのはここで被動者とか主題と言っているものを含む表現のことを言います。
異なる意味役割を担う項が等位接続されて主語に出てくることは許されません。
Van Oosten(1977, p.465)は次の(37)をあげ,(34)のような機械的な主語選択規則には問題があると論じています。
今となればFillmore(1968)の主語選択規則にはいろいろな問題があり,それらをそのまま受け取るわけにはいきませんが,どのような意味役割を担うものがどのような文法機能にリンクされるかという問題は重要であり,さらに考察を深める必要があります。 Gropen et al.(1989, p.240)は次の(38)のような意味要素と文法機能をリンクする規則を提示しています。
また,Pinker(1989, p.140)はepistemic-agent disembodimentという過程を認め,本来,認識主体を主語にとる動詞が,認識主体そのものではなく,認識主体がある判断を下すときの原因を主語にとることがあると述べています。
(39)bのThe horrors of the last warは,(39)aのJohn同様,ある種の動作主と見なされているようです。そのことは,(39)aのJohn と(39)bのThe horrors of the last warが受身文のby句で表現されるということに現れています。
4.目的語が担う意味役割 次にどのような意味役割を担う項が目的語になるか見てみましょう。次の(41)-(44)に見られるように,いろいろな意味役割を担う項が目的語として出てきますが,いずれも,上の(38)で予測されているように,被動者という点では共通 です。
5.前置詞が表す意味役割 いろいろな意味役割が主語と目的語以外の形,特に付加詞で実現されますが,いずれも前置詞によって導かれます。前置詞と意味役割の間には多対多の関係があ ります。言い換えると,一つの前置詞がいくつかの異なる意味役割を導き,一つの意味役割がいくつかの異なる前置詞で表されるということです。以下,前置詞 のby, with, fromを取り上げ,それらがどのような意味役割を担うか見てみましょう。 5.1. by byは動作主や自然力や道具を導きます。 (45) Bill was killed by Mary.
次の(48)では,Folonが動作主,a flux methodが手段を表しています。
byが動作主や自然力や道具を導くのは主動詞(main verb)が動作を表すときです。knowのような状態動詞が受動態で使われている場合にはby句は動作主や自然力や道具を表しません。次の(49)では,by many peopleは動作主ではなく,認識主体を表しています。 (49) The book was known by many people. 次の(50)のby the new techniqueは道具と原因の二つの意味で解釈できます(Chomsky 1957, pp.89-90)。 (50) John was frightened by the new technique. 道具と解釈すると次の(51)でパラフレーズでき,原因と解釈すると次の(52)でパラフレーズできます。
このようにby句は文の中でいろいろな意味役割を担いますが,名詞句の中では動作主の意味役割しか担いません(Jackendoff 1977, pp.92-93; Jaeggli 1986, p.606)。
5.2. with 次の(57)-(59)に見られるように,withは道具や同伴を導きます。 (57) John broke the window with a hammer.
(59) I want to be with you. 次の(60)のwith the windは道具と見なされます。
道具として使われるthe windは,工事現場の大型の扇風機でつくったような風をイメージします。 次の(61)a-dのwith句は一種の道具を表しています。
(61)a-dを受動文に変えると次の(62)a-dになります。
(62)a-dのwithの代わりにbyを使った次の(63)a-dは,withを使った(62)a-dほど完璧ではないかもしれませんが,非文法的というほどでもありません(Pinker 1989, p.143)。
(63)a-dは次の(64)a-dが受動文になったものでしょうが,(64)a-dでは道具が主語になっていることに留意しましょう。
(64)a-dでは新情報が主語,旧情報が目的語で実現しています。この順序は情報構造上は(63)a-dに劣りますが,ここではそのことにはかかわりません。 最後に,動作主化したものがすべてby句で表されるわけではない(Marantz 1984, p.145)ということを見ておきましょう。次の(65)a, bはokayですが,対応する受動文はアウトです。
5.3. from fromは,本来,起点を表しますが,比喩により拡張し,出身地,材料,原因を表すこともできます。 (67) The plane flew from Boston to Detroit. (68) He comes from New Zealand. (69) I make my own underpants from sandwich bags. (70)=(17) The victim died of/from loss of blood. 来月号に続きます。 大阪大学教授 岡田伸夫 |