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6.道具の動作主化 6.1. proximate cause 次の(71)a-cの主語のA paper clip, Acetone, This sprayは客観的には道具を表しています。
そのことは(71)a-cと同義の次の(72)a-cでa paper clip, acetone, this spray がwithに導かれているということからも明らかです。
しかし,(71)a-cの話者はA paper clip, Acetone, This sprayを動作主であるかのように考えています(Schlesinger 1988, p.131)。本物の動作主がいなくなると,道具がその後を継いで動作主のように振る舞うのです。魔法使いの弟子がいなくなるとほうきが勝手に部屋を掃除するようなものです(Schlesinger 1988, p.139; 1989, p.205)。 本稿のタイトルの英語のthe brass keyも,客観的には道具なのですが,この文では動作主化していると考えられます。 道具が動作主化していることを示すいい証拠があります。道具が前置詞byに導かれるのは文中に動作主がないときに限られています。
すでに他の動作主があれば道具はwithで表さなければなりません(Schlesinger 1989, p.200)。上の(48)がokayなのはby a flux methodが手段だからでしょうか。それとも「道具が前置詞byに導かれるのは文中に動作主がないときに限られている」という原則自体が間違っているのでしょうか。この点に関してはさらに検討する必要があるでしょう。 ところで,どうして道具は主語になることができるのでしょうか。次の(75)では動作主Iと因果関係の鎖(causal chain)の最後の出来事the vase's breakingが表現されています。 (75) I broke the vase. ついでですが,道具が含まれる文は,有意図の動作主が顕在的に表現されていなくても,意味的には有意図の動作主を含んでいます。 道具が動作主化するにはいくつか条件があるようです。動作主に変わる道具は結果に一番近い原因です。次の(77)a-cはいずれも非文法的ですが,それは(77)a-cで主語になっているThe bow, The rifle, The hammerがいずれも結果に一番近い原因ではないからです(Schlesinger 1988, p.140; 1989, p.197)。
また,動詞が表す行為が人間特有の熟慮(deliberation)を必要とする場合には道具の動作主化は起こりません(Schlesinger 1979, p.318; 1988, p.140; 1989, p.195)。
6.2.promotionとdemotion
Agonist demotionの過程を図示すると次の(81)のようになります。
Agonist demotionはPatientを前景(foreground)化し,Agonistを背景(background)化する過程と考えることができるでしょう。
intermediary instrumentは§6.1.で見た道具で,因果関係の鎖の終わりから二番目の出来事に現れる動作主的なproximal antagonist or causeを表します(Pinker 1989, p.139)。 それに対して,facilitating instrumentの場合には,John acts on spoon CAUSES spoon acts on cereal CAUSES cereal is eatenという因果関係が成り立ちません。問題になっているグレインサイズ(grain size)では,John acts on cereal (in order for it to be eaten)という出来事が因果関係の鎖の終わりから二番目に入ってきます。 §6.1.で見たように,動作主に代わることができる道具はintermediary instrumentのほうです。facilitating instrumentは動作主に代わって主語になることができません(Marantz 1984, p.247; Levin 1985, pp.44-45; Pinker 1989, p.139; Rappaport Hovav and Levin 1992, p.146)。
Pinker(1989, p.139)は,intermediary instrument promotionという過程によりintermediary instrumentが一種の動作主に変わり,主語にリンクされると考えています。
この実験結果は,道具と同伴を意味的に峻別することができないということを示しているのではなく,あるものが道具として認知されるか,同伴として認知されるかは具体的な場面に左右されるということを示していると考えるべきでしょう。 displaced themeはwithに導かれますが,道具とは意味が少し違います。そのことは次の(88)でdisplaced themeと道具が共存していることからも明らかです(Rappaport et al. 1987, p.7)。
(88)の道具は動作主が隠れるとその代わりに動作主になりますが,(88)のdisplaced themeは動作主が隠れても動作主にはなりません(Rappaport et al. 1987, p.7)。
円滑なコミュニケーションを図るためには文の意味を正確に理解すると同時に,意味を文で正確に表現する力を養うことが不可欠です。ネイティブ・スピーカー は動詞の項が担う意味役割を無意識に知っていて,その知識を運用して,特定の文脈の中で相手が意図している正しい解釈を導き出し,自分が言いたい意味を文 という形に表すのですが,私たちノンネイティブ・スピーカーがこのような知識を内在化するためには,一度このような知識を表に出して意識しておくことが有 益ではないかと思います。そうして初めてそれを臨機に使うことができるようになるのではないかと思います。 [補遺] 道具の動作主化との関連で一つ付け加えます。「動詞+接尾辞-er」の形をしている派生名詞はその動詞の意味上の主語を表します。次の(i)の例を見てください。
これらの-er名詞はどれも動作主を表します。-er名詞は動作主しか表さないというわけではありません。たとえばtwister(竜巻)は主題,gusher(噴出油井)は起点,a lover of French cuisineのloverは経験者を表します。でも,数の上では動作主を表すもののほうがはるかに多いです。 もう一つ数の上で目立つのが道具を表す-er名詞です。次の(ii)の例を見てください。
これらの-er名詞は道具を表します。-er名詞の主要な二つのグループが動作主と道具であるということは,道具が動作主化するということとどこかでつながっているように思われます。 もう一つおもしろいことがあります。単独のa grinderとかa wiperはgrindする人,wipeする人を表すこともできますし,人がgrindするための道具,人がwipeするための道具を表すこともできます。でも,of目的語をつけてa grinder of imported coffeesとかa wiper of windshieldsとかにするとgrinderとwiperはgrindする人,wipeする人しか表しません(Rappaport Hovav and Levin 1992, pp.131-132)。このあたりのことについてはいつか別の稿で話したいと思います。
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