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洋画ファンのみなさん、次の英語に聞き覚え(見覚え?)はありませんか。 (1) There were twenty boats floating nearby. And only one came back. One. (付近には20隻のボートがいて―助けに戻ったのは1隻―1隻だけ) そうです。これは、映画『タイタニック』の中で、ローズ・カルバートが、漂流していた生存者を救うために戻ってきた1隻のボートに救われたことを語り終えた場面 で発したことばです。 しかし、残念ながら、これから書くのは『タイタニック』のことではなく、(1)で使われている動詞floatのことです。 ▼ floatは(1) では「沈まないで浮いている」という意味で使われています。では、動詞floatを含む次の(2) の文はどういう意味でしょうか。 (2) The bottle floated under the bridge. もちろん次の(ア)の意味でとることができます。 (ア) びんは橋の下に浮いていた。 しかし、(2) には次の(イ)の意味もあります(最初に思いつくのは多分こちらの意味でしょう)。 (イ) びんは浮いたまま橋の下に行った。 (イ) の意味の(2)は、(2)ほど自然ではありませんが、次の(3)でパラフレーズすることができます。 (3) ?The bottle moved under the bridge (by) floating. なぜ(2)はあいまいなのでしょうか。 理由は2つあります。1つの理由は、前置詞のunderが場所(location)と到着点(goal)の両方の意味をもつことができるということです。 次の(4)と(5)を比べてください。 (4) The bottle lay/remained/stood under the table. [場所] (5) The bottle fell/rolled under the table. [到着点] (2)の(ア)はunderが場所を表すときの意味、(イ)はunderが到着点を表すときの意味です。((2)には(ウ)「びんは浮いたまま橋の下を通 過して流れていった」という意味もあります。) (2)があいま いなもう1つの理由は、動詞floatが「浮く」という意味のほかに「浮いたまま行く」という意味をもつことができるということです。つまり、float は"FLOAT"+"GO"の意味をもつこともできるのです。しかし、日本語の「浮く」は「浮いたまま行く」という移動の意味を表すことはできません。た とえば次の(6)の日本語は不自然です。 (6) ?びんは橋の下に/下へ浮かんだ。 日本語で(2)の(イ) の意味を表現するときには、運動様態(manner of motion)を表す動詞「浮く」に直示的(deictic)移動を表す動詞「行く」を加えて表現しなければなりません。 ▼また、日本語には様態と移動を1語の複合動詞で表現する方法もあります。 たとえば次の(7)の英語は、日本語では「メリーはプールに飛び込んだ」ですが、「飛び込む」は"JUMP"+"ENTER"の意味をもつ複合動詞です。 (7) Mary jumped into the pool. 英語の運動様態動詞にはfloatやjumpのほかに次のような動詞があります。 (8) bounce, dance, drift, fly, glide, hurry, jog, roll, run, stroll, swim, walk, wander, ... これらの運動様態動詞はものが空間を移動するかしないかという点に関しては中立的です。 ペンギンが同じ場所にまる1分間いることを含意する次の(9)の文は何もおかしくありません。 (9) The penguin bounced/rolled/skidded/slid/spun in one place on the ice for a solid minute. ただし、glideは別で、必ずものが移動しなければなりません。移動を伴わない次の(10)は不自然です。 (10) *The canoe glided on that spot of the lake for an hour. 様態と移動の意味が融合した動詞の例をもう1つ見ましょう。 (11) John walked to the park. (11)は日本語では「ジョンは公園に歩いて行った」となります。 英語では意味の融合"WALK"+"GO"が1語の動詞walkで語彙化(lexicalization)されるのに対して、日本語では"WALK"+"GO"の融合が1語の動詞で語彙化されることは普通 ありません。「ジョンは公園に/公園へ歩いた」は不自然です。(ただし「公園に/公園へ」を「公園のほうへ/公園まで」に変えればよくなります。) "WALK"と"GO"を別の動詞で語彙化した次の英語は、非文法的ではないにしても、ぎこちなく、あまり使われません。 (12) ?John went into/entered the room walking. 日本語の「ジョンは公園に歩いて行った」の「歩いて」+「行く」に引かれ、(12)のような英語をつくらないように注意しましょう。 ついでですが(2)や(11)が迂言形(periphrasis)の(3)や(12)よりよく使われるということは、Griceの会話の協力の原則の1つ、様態の基準の中の"Be brief."という基準から導き出すことができるかもしれません。 ▼ さて、英語では様態と移動が融合され1語の動詞で実現されますが、日本語では様態と移動が融合され、1語の動詞で実現されることは普通 ではありません。フランス語やスペイン語も日本語と同じです。 たとえば次の(13)のフランス語の文は、(2)の(ア)の意味しかもちません。 (13) La bouteille flottera sous le pont. "The bottle floated under the bridge." (2)の文があいまいなのは、前置詞のunderが場所と到着点の両方を表すことができるからですが、intoを使った次の(14)はあいまいでしょうか。 (14) The bottle floated into the cave. That's right! あいまいではありません。(14)には「びんが浮かびながら洞穴の中に入っていった」という意味しかありません。どうしてかというと、intoには移動の到着点を表す用法しかないからです。into Xは意味的には[to [in X]]であり、ものの移動を前提にします。だからintoが静止・停滞を表す動詞と共起する次の(15)はよくありません。 (15) *The bottle lay/stood/remained into the cave. ついでですが、到達点を表すunder Xは[to [under X]]の意味をもっています。しかし、形のうえではunderの前のtoは、次の(16)のような特別 な文脈を除き、普通は削除されます。 (16) A mouse ran from behind the sofa to under the porch. 本来inやonは場所を表し、intoやontoは到達点を表します。たとえば次の(17)では、メリーはマットの上でトランクを引っぱっています。 (17) Mary pulled the trunk on the mat. それに対して、次の(18) では、メリーはもともとマットの上になかったトランクをマットの上に引っぱりあげています。 (18) Mary pulled the trunk onto the mat. しかし、同じinやonでも、動詞が次の(19)にあげる継続的に力を加えてものを動かす動詞ではなく、(20)にあげる瞬時的に力を加えてものを動かす動詞ならintoやontoの意味でとることもできます。 (19) pull, push, drag, lift, lower, haul, schlep,... (20) throw, toss, hurl, kick, fling, flick,... たとえば(20)の動詞throwを含む次の(21)はあいまいで、「メリーが部屋の中で本を投げた」という意味でとることもできますが、次の(22)同様、「メリーが部屋の中へ本を投げ入れた」という意味でとることもできます。 (21) Mary threw the book in the room. (22) Mary threw the book into the room. ▼ 本題に戻りましょう。 様態の意味と移動の意味が融合して1語の自動詞で実現するためにはある条件が満たされていることが必要です。その条件とは「様態と移動の間に直接的な因果 関係が成り立つ」ということです。 直接的な因果関係がないと融合が起こらないということを次の例で確かめてみましょう。 バケツに水をはって、その中にびんを浮かべて洞穴の中に運んでいく出来事を想像してください。びんは水に浮き、洞穴の中へ入っていきます。しかし、この場合には「浮いているから洞穴の中に流れていく」という因果 関係が成立しません。だからThe bottle floated into the cave.ということができないのです。 ▼ 英語には、移動の意味と融合して1語の自動詞に語彙化される意味がもう1つあります。それは音放出(sound emission)です。たとえば次の(23)と(24)の例を見てください。 (23) The train whistled into the station. (24) The elevator wheezed upward. (23)は「汽車が汽笛を鳴らして駅の中に入ってきた/いった」という意味を表し、(24)は「エレベーターがピューッと音を立ててあがっていった」という意味を表します。(23)は次の(25)でパラフレーズすることができます。 (25) The train came/went into the station whistling. 英語の音放出と移動の融合の語彙化は、様態と移動の融合の語彙化ほど強固ではありません。(12) が(11) に比べると不自然で、(25) が(23)と同様に自然なのはその証拠です。 音放出と移動の意味の融合体が1語の自動詞で語彙化されるためには「音が、それを放出するものの移動に伴って放出され、ものの移動の経路(path)を示 す」という条件が満たされていなければなりません。ものがいつでもどこでも任意に音を発する場合には、音を放出しても必ずしも移動の経路を示すことにはな らないので、音放出と移動の語彙化は起こりません。条件が満たされていない次の(26) と(27) は自然ではありません。 (26) *The bird chirped out of the window. (27) *Harry moaned down the road. ところで、いくつの意味が融合して1語の動詞で語彙化されるのでしょうか。すでに出て来た(7)のjumpは、"JUMP"(様態)と"ENTER"(移動)という2つの意味が融合して語彙化していると考えられます。次の(28)のrunは"RUN"(様態)と"EXIT"(移動)という2つの意味が融合して語彙化していると考えられます。 (28) He ran out of the room. あるいは、(28) に対応する日本語は「彼は部屋の中から走って出てきた/いった」ですが、この日本語から推測すると、(28) のrunは、"RUN"(様態)と"EXIT"(移動)と"GO/COME"(直示的移動)という3つの意味が融合して語彙化しているとも考えられます。 融合は自動詞に限られているわけではありません。複数の意味の融合体が語の他動詞で語彙化されることもあります。すでにみた(21)と(22)のthrowもそうですが、次の(29)のpushもそうです。 (29) She pushed the ball into the hole. (29)は日本語では「彼女はボールを穴の中に押し込んだ」となります。(29)のpushは様態と移動が融合し1語の他動詞で語彙化したものです。日本語の「押し」+「込んだ」に引かれ、次の(30)のような不自然な英語をつくらないよう注意してください。 (30) ?She moved the ball into the hole by pushing. ▼ 今回の話を簡単にまとめると、次のようになるでしょう。 「英語と日本語はどのような意味の融合が1語の動詞で語彙化されるかという点で異なる。今回取り上げた自動詞移動構文や使役移動構文はいわば英語の個性であり、これらを正しく理解し、産出する能力は英語を使いこなす能力の重要な1部である。また、英語と日本語の異なる表現法に目を向けることにより意味と形の対応の在り方を意識することは、英語教育の1つの重要な目的である。」 京都教育大学教授 岡田伸夫 「英語の教え方研究会 NEWSLETTER11」より |