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▼言語には、出来事を表現するときに、それを丸ごと文の形で表現する方法と出来事に参加している特定の名詞にスポットライトを当てて表現する方法があります。次の(1)の文を見てください。 (1) John saw the pigeon that had escaped. どのような意味でしょうか。「逃げた鳩を見た」という意味は確かにあります。鳩小屋から逃げた鳩を近所の公園かどこかで見たのでしょう。しかし、この文にはもう一つ別 の意味があります。どのような意味でしょうか。[ヒント: 後者の意味ではseeは「見る」ではなく「わかる」という意味です。]「ジョンはどの鳩が逃げたかわかった」という意味です。この意味は次の(2)の文の意味と同じです。 (2) John saw which pigeon had escaped. ジョンは鳩小屋に残っている鳩を見て逃げた鳩がどの鳩かわかったのでしょう。後者の意味の(1)では、「鳩が逃げた」という出来事の参加者である鳩にスポットライトを当て、「逃げた鳩」と表現しています。(1)のthe pigeon that had escapedは、統語的には [the + <先行詞+関係節>]という名詞句(Noun Phrase, NP)の形をしていますが、意味的には(2)のwhich pigeon had escapedという間接疑問文と同義になることができます。このような名詞句を隠れ疑問文(concealed question)といいます。 ▼類例をあげます。次の(3)の目的語のthe fellow who did itは、「それをした人」という意味の普通の名詞句ととることもできますが、「どの人がそれをしたか」(which fellow did it)という意味の隠れ疑問文ととることもできます。 (3) I remember the fellow who did it. 人やものを指す普通の名詞句と疑問文の意味をもつ隠れ疑問文は談話的には異なる環境に現れます。たとえば、(3)のthe fellow who did itを普通の名詞句ととると(4a)が続きますが、隠れ疑問文ととると(4b)が続きます。 (4a) I can still see him vividly in my mind's eye. (4b) It was Alvin Wooster. ▼ここまでくれば本稿のサブタイトルの英語I know the man you met, but I don't know him.の意味はおわかりでしょう。この文は矛盾したことを言っているわけではありません。前半の文の中のthe man you metは隠れ疑問文で、サブタイトルはI know which man you met, but I'm not acquainted with him.という意味です。 ▼隠れ疑問文は、動詞の目的語としてだけではなく、文の主語として現れることもあります。次の(5)を見てください。 (5) I don't think the kind of boy he is has anything to do with it. (5)のthe kind of boy he isはthinkの補文の主語ですが、「彼が ...である種類の少年」では意味がわかりません。the kind of boy he isは、what kind of boy he isという意味の隠れ疑問文です。 ▼「表面 的には関係節を含む名詞節だが、深い層では文」と考えられるケースには、隠れ疑問文のほかに、隠れ平叙文と隠れ感嘆文があります。まず、隠れ平叙文の例を見てみましょう。 (6a) I remembered the sweet little child that Harry used to be. (6b) I remembered that Harry used to be (such) a sweet little child. (6a)は(6b)と同義で、「わたしは昔ハリーがそうだったかわいいこどもを覚えている」という意味ではなく、「わたしは昔ハリーが(とても)かわいいこどもだったことを覚えている」という意味です。(6a)のthe sweet little child that Harry used to beはthat Harry used to be (such) a sweet little childという意味の隠れ平叙文です。 ▼次の(7a)は(7b)と同義で、(7a)のthe long books Bill readsはwhat long books Bill readsという意味の隠れ感嘆文です。 (7a) It's amazing the long books Bill reads. (7b) It's amazing what long books Bill reads. ▼さて、これまでの議論で、隠れ疑問文、隠れ平叙文、隠れ感嘆文―これらを隠れ文と呼ぶことにしましょう―が存在することは漠然と理解していただけたと思いますが、これから隠れ文を文法的に正当化する証拠を三つばかりあげてみたいと思います。 まず最初の証拠は関係節の随意性にかかわるものです。関係節は、名詞の前置修飾語同様、名詞を限定する働きをする修飾部ですから文法的にはあってもなくてもかまいません。たとえば、次の(8)の下線部の関係節that leads to your doorは省略しても文法上は何の問題もありません。 (8) The long and winding road that leads to your door will never disappear. では、次の(9)を見てください。 (9) I told Verity, I told her quite frankly, the kind of boy she wanted to marry. the kind of boy she wanted to marryはwhat kind of boy she wanted to marryという意味の隠れ疑問文です。この中のshe wanted to marryという関係節は省略できません。I told Verity the kind of boy.は、I told Verity the news.やI told Verity the story.などとは違って意味をなさないでしょう。 (9)のthe kind of boy she wanted to marryは、表面上はshe wanted to marryという関係節を含む名詞句です。sheの前に関係代名詞thatを挿入することもできます。では、she wanted to marryを省略することができないという事実はどのように説明したらよいのでしょうか。 一つの方法は、単純に「関係節は省略できるという原則は成立しない」と考える方法です。もう一つの方法は、「(9)のthe kind of boy she wanted to marryは、深い層では疑問文なので、she wanted to marryの部分を省略することができない」と考える方法です。前者の方法が正しくないことは自明でしょう。「関係節の中には省略できるものと省略できな いものがある」というだけでは、両者を基準に基づいて区別 することができないので、ネイティブスピーカーの(理論的には)無限数の文の文法性を判定する能力をとらえることができません。それに対して、後者の方法 は「普通 の関係節は省略できるが、隠れ文に含まれる関係節は、深い層では関係節ではないので省略できない」という一般 化をとらえることができます。 ▼次の証拠に移りましょう。関係代名詞は関係節の中で文の主語、動詞の目的語、前置詞の目的語、補語として働きます。次の(10a-d)の文を見てください(文中の下線部は関係代名詞が最初あった位 置を示しています)。 (10a) I saw the man who _ taught us English. (10b) She introduced me to the man who she's dating _. (10c) The man who I danced with _ at the party called me today. (10d) John is not the doctor that his father was _. また、先行詞は先行詞で、主節の中で文の主語、動詞の目的語、前置詞の目的語、補語として働きます。 しかし、関係代名詞が関係節の中で補語になる場合には特別な制約があります。次の(11a,b)の文を見てください。 (11a) *The football coach that John was _ lost the game. (11b) *I saw a German teacher that Harry was _. (11a,b)を(10d)と比較してみると、次の(12)の原則があることに気づきます。 (12) 補語名詞句が関係代名詞になる場合には、その先行詞も補語名詞句でなければならない。 (12)の原則に照らすと、(5)の文は実は変わり種だったのです。(5)のboyとheの間には関係代名詞thatを挿入してもよいのですが、このthatは関係節の中ではisの補語ですから、先行詞であるkind of boyもその節の中で補語でなければなりません。しかし実際にはhas anything to do with itの主語になっています。 (6)のthe sweet little child that Harry used to beの関係代名詞thatも関係節の中ではbeの補語ですから、先行詞childも主節の中で補語にならなければならないのですが、実際にはrememberの目的語です。 では、「(5)や(6)の文が許されるから(12)の原則は捨てなければならない」のでしょうか。そうではありません。(12)の原則を捨ててしまうと、「補語名詞句が関係代名詞になる場合には、その先行詞が補語名詞句である場合とそうでない場合がある」という空虚な事実を述べるだけのことになり、英語のネイティブスピーカーの両者を基準に基づいて峻別 する能力をとらえることはできません。(12)の原則を認め、一見それに違反するように見える(5)のthe kind of boy he isや(6)のthe sweet little child that Harry used to beは、補語名詞句が関係代名詞になっている関係節を含んでいる名詞句ではなく、隠れ疑問文であると考えるべきでしょう。 ▼隠れ疑問文を正当化する三番目の証拠は等位 接続にかかわります。通例、等位接続は同じ統語範疇の要素の等位接続に限られます。たとえば、異なる統語範疇の等位 接続を含む次の(13a-d)の文は文法的ではありません。 (13a) *John ate quickly and a grilled cheese sandwich. (13b) *The scene of the movie and that I wrote was in Chicago. (13c) *Mary was terrified and clutching my hand. (13d) *I saw a girl and that John was worried. では、次の(14a, b)を見てください。 (14a) Instead of using words, these social rituals immediately tell us [NP the situation we are in] and [CP how we should react in it]. (14b) She wondered [CP what there was for dinner] and [NP the kind of mood that her father would be in]. (14a, b)は、表面 的にはNP(名詞句)とCP(Complementizer Phrase、補文標識句)―伝統的にはS'とされてきた句範疇―の等位 接続を含んでいますが文法的です。しかし、これらの文が文法的だからといって同一統語範疇の等位 接続という原則を捨てるわけにはいきません。この原則を捨ててしまうと、(13a-d)が非文法的であることを説明することが困難になるからです。(14a,b)の問題の名詞句が深い層では疑問文だったと考えると、(14a,b)の深い層では同じ統語範疇が等位 接続されていたことになります (14b)の例は別 のおもしろい問題につながります。(14b)のwhat there was for dinnerとthe kind of mood that her father would be inの順序を変えたら次の(15)の文ができます。 (15) *She wondered [the kind of mood that her father would be in] and [what there was for dinner]. しかし、(15)の文は文法的ではありません。なぜ(15)は文法的ではないのでしょう。動詞wonderは、次の(16)に見られるように、自動詞であり、目的語を従えることはできません。 (16) *She wondered [the kind of mood that her father would be in]. (15)は、名詞句the kind of mood that her father would be inがwonderにじかに接しているので、(16)同様、許されないのでしょう。それに対して、(14b)はthe kind of mood that her father would be inがwonderに隣接していないから許されるのではないでしょうか。 今まで見てきた隠れ文はどれも関係節を含む名詞句でしたが、隠れ文の中には、関係節を含まない単純な名詞句もあります。次の(17)の文を見てください。 (17) Tell me the answer. この文は次の(18)の文と同義です。 (18) Tell me what the answer is. (17)の名詞句the answerは、関係節を含んでいませんが、隠れ疑問文です。 今回の話はここまでにしましょう。 京都教育大学教授 岡田伸夫 「英語の教え方研究会 NEWSLETTER1」より |