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▼教室では(学習参考書でも同じです が)ある構文に複数の意味があってもその中の一部の意味しか取り上げないことがあります。たとえば、「主語+動詞+目的語」の「実際には主語以外の人が動 詞が表す行為をする」という意味と「have+目的語+過去分詞」の「実際には主語自身が過去分詞が表す行為をする」という意味を教えることはほとんどあ りません(cf. シリーズ第2回「『動詞+目的語』と『have+目的語+過去分詞』」)。といっても、教室で一つの構文のすべての意味を教えなければならないというわけ ではありません。
次の(1)を見てください。 ▼さて、本稿のテーマ、no more ~ thanのもう一つの重要な意味の検討に入りましょう。まず、本稿のサブタイトルに使われている次の(3)の例文を見てください。 (3) This book is no more expensive than that one. (3)は「この本はあの本が高くないのと同様に高くない」、「この本が高くないのはあの本が高くないのと同じ」というクジラの公式の意味でとることもできるのですが、そのほかに「この本はあの本より高いわけではない」という優越の否定の意味でとることもできます。 (3)の前者の意味は次の(4)の形で表現することもできます。 (4) This book is not expensive any more than that one. それに対して、(3)の後者の意味は次の(5)の形で表現することもできます。 (5) This book is not more expensive in the least than that one. (3)の後者の意味(=(5)の意味)は、この本とあの本が高いか、高くも安くもないか、安いかという問題にはコミットしていません。したがって、次の(6)と同義ではありません。 (6) This book is as cheap as that one. (6)はあの本が安いことを前提にし、この本はあの本と同じぐらい安いと主張しているからです。 (3)の前者の意味も、厳密にいうと(6)と同義ではありません。(3)の前者の意味は、本が高いことは否定していますが、積極的に安いと主張しているわけではないからです。 ▼A no more ~ than Bの「AはBより~というわけではない」、「Aは~だとしてもせいぜいBが~なのと同じ程度」という意味を文脈の中で確認してみましょう。次の(7)は外国人AとBが東京ディズニーランドの近くのホテルにチェックインしたときの会話です。
(7)でBは、このホテルの宿泊代が高いということは認めた上で、「でもパリの一流ホテルより高いわけではない」と言ってこのホテルを弁護しています。 ▼プール学院大学のEdward Quackenbush先生におもしろい状況を設定していただきました。この状況を利用して(7)のBのA no more expensive than Bの優越の否定の意味を浮き彫りにしてみましょう。 Encyclopedia Britannicaは"covering everything from Aardvarks to Zygotes"を誇る一般百科事典です。それに対して、20巻からなるGrove Encyclopedia of Musicは音楽分野だけをカバーする百科事典です。どちらも高価な本で、$1,800ぐらいします。ブリタニカのセールスマンは"Admittedly, $1,800 is a lot of money, but considering that the Britannica is a general encyclopedia, it is cheap, at least compared to the Grove, which, after all, covers only music."のような意味で次の(8)を言うかもしれません。 (8) The Britannica is no more expensive than the Grove. それに対して、グローブのセールスマンは"Admittedly, $1,800 is a lot of money, but I see that you already own the Britannica. If music is 'your life,' as you say, you should be willing to pay as much for the Grove as you paid for the Britannica. After all, it covers the field of music in vastly greater depth than the Britannica covers music, or anything else."のような意味で次の(9)を言うかもしれません。 (9) The Grove is no more expensive than the Britannica. ▼次に、no more ~ thanのバリエーション、not ~ any more thanのクジラの公式の例 ―上の(4)もnot ~ any more thanのクジラの公式の例です― と優越の強意の否定の例を見てみましょう。 ▼ところで、(3)ではexpensiveの前にmoreが現れ、no more expensive thanとなっていましたが、形容詞が一音節語のときにはどうなるでしょうか。興味深いことに、次の(12a)と(12b)の二つの形があります。 (12a) Tom is no more bright than John. (12b) Tom is no brighter than John. しかもこの二つの形は意味が違います。(12a)はクジラの公式で、「トムはジョンが賢くないのと同様に賢くない」という意味です。それに対して、(12b)は優越の否定で、「トムはジョンより賢いわけではない」、「トムは賢いといってもジョン程度だ」という意味です。(12a)は次の(13)と同義ですが、(12b)は(13)と同義ではありません。 (13) Tom is not bright any more than John. 上の(3)にクジラの公式と優越の強意の否定の二つの意味があったのは、形容詞のexpensiveが三音節語で、優越の強意の否定がクジラの公式と同形になってしまうからです。 A no more ~ than Bに「AはBが~でないのと同様に~ない」、「Aが~な いのはBが~ないのと同じ」というクジラの公式の意味のほかに、「AはBより~というわけではない」、「Aは~だとしてもせいぜいBが~なのと同じ程度」 という優越の強意の否定の意味があることは十分に納得していただけたと思います。 ▼ところで、今までクジラの公式と優越の強意の否定を別 個の構文として扱ってきましたが、別個の構文が上の(3)ではどうして同じ形になっているのでしょうか。 クジラの公式はもともと優越の強意の否定のサブケースなのです。「AはBより~というわけではない」のBが~である可能性がゼロだと仮定しましょう。A no more ~ than Bは「Aが~である可能性はBが~である可能性より大きくない」と言っているわけですから、Aが~である可 能性はゼロあるいはそれ以下ということになります。この状況では「AはBが~ないのと同様に~ない」と表現してもいいはずです。クジラの公式は、話し手 が、聞き手も「Bが~ない」ことを知っていると考えているときに使う優越の強意の否定なのです。 しかし、上の(12a)の場合には、クジラの公式が一人歩きして、形の上でも優越の強意の否定の(12b)とは一線を画することになったわけです。 ▼教室や学習参考書では、A no more ~ than Bの「AはBが~ないのと同様に~ない」、「Aが~ないのはBが~ないのと同じ」というクジラの公式の意味しか教えていません。なぜその前に「AはBより~というわけではない」という優越の否定の意味を教えないのでしょうか。 学生はno (=not ... in the least)もnotも否定を表すということを知っています。学生にとっては、A no more ~ than Bの「AはBより~というわけではない」という意味のほうがクジラの公式の意味よりストレートで、理解しやすいはずです。クジラの公式を教わっていない学生が(3)を見たら、まず、「この本はあの本より高いわけではない」という意味でとるでしょう。クジラの公式は、「聞き手もA no more ~ than BのBの内容が事実ではないことを知っている」と話し手が考えている場合の特例です。特例だからこそ特別 に手厚く扱われるのでしょう。 また、「AはBより~というわけではない」という意味はnot more ~/~er thanの形で表すことができるということも、no more ~ thanにこの意味があることを積極的に取り上げない理由の一つかもしれません。 さらに、教える人自身が、A no more ~ than B=「AはBが~ないのと同様に~ない」というクジラの公式しか教わってこなかったために、自分の学生にA no more ~ than Bの「AはBより~というわけではない」という意味を教えることをためらうことがあるのかもしれません。 今回の話はここまでです。 京都教育大学教授 岡田伸夫 「英語の教え方研究会 NEWSLETTER2」より |