英語研究室

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A Little Grammar Goes a Long Way

全35回
関西外国語大学教授 岡田伸夫が英語文法を考察するコラム

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どうしてJohn donated the museum the painting.は非文法的か?(下)


今まで、2回にわたり、与格交替を例にとり、言語獲得の論理問題、特に、否定証拠 がないのにどのようにして過剰に生成した非文法的な文をそぎ落とすことができるかという問題について考えてきました。最終回の今回は、まず、サブタイトル のどうしてdonateをDOD構文で使うことができないのかという問いについて考えてみましょう。

第2回で(30)(31)をあげるときに、DOD構文で使われるNDSCをあげると言いました。ところが、(30)1.6.のNDSCに属する動詞の中には、*?*?を付されている動詞 ―DOD構文で使われない動詞― が入っていました。これを見て「これらのNDSCに属する動詞はみんなDOD構文で使われるということではないのか」と疑問に思われた方もおられるでしょ う。確かに、giveもdonateも「与える」のNDSCに属しているのですから、どちらもDOD構文で使われてよいはずです。しかし、実際には giveは使われますが、donateは使われません。Pinkerはこの違いを次の(39)のように考えています。

(39)「与える」とか「将来所有する」とかのNDSCに属する動詞で実際にDOD構文で使われる動詞は、基本的な、普段着の、土着の動詞(英語の場合には1音節の動詞)に限られているか、それとも外来の動詞(英語の場合には多音節の動詞)でもよいかに注目する。
「与える」というNDSCに属する動詞で実際にDOD構文で使われるものは、give, pass, handなどの1音節語だけなので、このNDSCには1音節語(主にゲルマン系の語)でなければならないという制約があると考える。
「将来所有する」というNDSCに属する動詞で実際にDOD構文で使われるものの中には、offer, recommend, permit, promiseなどの多音節語が含まれているので、このNDSCには1音節語でなければならないという制約はないと考える。


(39) の考え方に立てば、こどもが否定証拠が与えられなくてもdonateがDOD構文で使われないという知識を獲得することを説明することができます。

(30) 1.から7.のNDSCに属する動詞は(39)の音韻制約を受けるので、1音節語でないとDOD構文で使うことができません。それに対して、(31)8.から10.のNDSCに属する動詞は音韻制約を受けないので、多音節語でもDOD構文で使うことができます。



音韻制約と言えば、形容詞の比較級と最上級をつくるときのことを思い出しませんか。「1音節語と-er, -le, -ow, -some, -yなどで終わる2音節語には-er, -estを付け、それ以外の2音節語と3音節以上の語にはmore, mostを付ける」という規則がありますね。形容詞に-er, -estを付ける規則は形態規則(morphological rule)です。形態規則の適用は語の形態構造に左右されることがあります。

与格交替は、英語では、形態規則ではなく、語の意味構造を変える語彙規則です。Pinkerは、語の意味構造を変える規則は、語の形態構造を変えることもあり、形態構造を変えないにしても、それが適用するかしないかが語の形態構造に左右されることがあると考えています。

(31)10.の「コミュニケーションの道具を用いて伝える」動詞には音韻制 約が課せられていませんが、Pinkerは、名詞あるいは名前を根(root)にもつ動詞は、動詞以外の範疇から動詞になったものなので、土着か外来かと いう対立の埒外にあると推測しています。この点は今後さらに検討しなければならないでしょうが、(31)10.のNDSCに属する多音節語の動詞がDOD構文で使われることは事実です。たとえば、「transmitter(トランスミッター)を使って情報を伝達する」と言うときには、transmitterをそのまま動詞として使い、次の(40a)あるいは(40b)のように言います。

(40a) We transmittered the news to Meg.
(40b) We transmittered Meg the news.

「情報を伝達する」と言うときには動詞transmitを使って次の(41)のように言うことができます。

(41) We transmitted the news to Meg.

しかし、次の(42)に見られるように、動詞transmitをDOD構文で使うことはできません。

(42) *We transmitted Meg the news.

というのは、「コミュニケートする」というNDSCに属する動詞は音韻制約を受けるので2音節語のtransmitをDOD構文で使うことが許さ れないからです。問題は、なぜ同じ「コミュニケートする」という意味をもつ3音節語のtransmitterをDOD構文で使うことが許されるのかという ことです。現時点では、transmitterが名詞由来動詞(denominal verb)であり、音韻制約が適用されるかされないかという次元上にはないと考えることがベストであるように思われます。

動詞がDOD構文で使われるためには、まず、広域規則が満たされている必要がありますが、それだけでは十分ではありません。動詞が実際にDOD構 文で使われるためには、特定のNDSCに属していなければなりません。言い換えると、どれかの狭域規則の適用条件を満たしていなければなりません。しか し、そういうことなら、最初から狭域規則だけがあればよい、広域規則はいらないということにはならないでしょうか。実は、広域規則が存在するということを 示唆する証拠があるのです。
 

大人はときどき狭域規則に認可されない、したがって文法的でないDOD構文を使うことがあります。Pinkerが集めた次の(43a-c)の例文を見てください。

(43a) Can you reach me that book?
(43b) It [a letter of support] will add the grant a little legitimacy.
(43c) The bank credited my account $100.


動詞reach, add, creditはDOD構文で使われるNDSCに属する動詞ではありません。(43a-c)の文はどれも狭域規則に違反し、非文法的です。

次の(44a-c)の例文もPinkerが観察したものですが、非文法的です。

(44a) Sun donated them a bunch of computers.
(44b) I returned her the books.
(44c) I explained him the problem.


動詞donate, return, explainが属するNDSCは、DOD構文で使われるNDSCですが、これらのNDSCに属する動詞は音韻制約を受けます。donate, return, explainはいずれも2音節語なのでDOD構文では使えないのです。

(43a-c)(44a-c)の過剰生成形は狭域規則違反です。しかし、第1目的語が所有者であるという条件、言い換えると、広域規則の適用条件は守っています。広域規則は壊すことのできない大枠として大人の文法能力の中に実在していると考えられます。



さて、どのNDSCに属する動詞がDOD構文で使われるか、あるいはDOD構文で使われるNDSCの中のどの動詞が実際にDOD構文で使われるかという点に関しては、若干個人差があるようです。たとえば、Green(1974)は(38)12.の「あるものに持続的に力を加え、そのものといっしょに動く」NDSCに属する動詞や(38)11.の「話しぶりを合図する」NDSCに属するwhisperやshoutはDOD構文で使うことができる(ただし、mumbleやmutterはDOD構文で使えない)と判断しています。たとえば、次の(45a, b)の文はGreenの方言ではOKです。

(45a) I carried Bill a six-pound ashtray.
(45b) He shouted her the instructions.


しかし、おもしろいことに、どの方言でも広域規則に違反する(28b)の文が許されることはありません。



ところで、そもそもなぜ(30) (31)のNDSCに属する動詞にPD構文とDOD構文の交替があるのでしょうか。この問いに答えるために、次の(46)にあげる一つの出来事を想定してみましょう。
 
(46) 関与者: John, Mary, a book
  出来事: 空間移動: Johnがa bookをMaryのところにもっていく。
  所有変化: JohnがMaryにa bookをもたせる。

(46)の出来事をものの空間移動と所有変化のどちらでとろうと、まず、(24i)の連結規則により、動作主のJohnが主語に連結されます。しかし、Maryとa bookのどちらを被動者(主題)と同定するかにより、項構造が変ってきます。空間移動の相に着目すると、a bookが起点のJohnから到達点のMaryに移動される被動者(主題)と同定されます。そうすると、a bookが連結規則(24ii)により第1目的語に、また、Maryが連結規則(24iv)により前置詞toの目的語にそれぞれリンクされ、次の(47)のPD構文ができます。

(47) John handed a book to Mary.

それに対して、所有権の移動の相に着目すると、Maryがa bookを所有しない状態から所有する状態に変化させられる被動者(主題)と同定されます。そうすると、Maryが連結規則(24ii)により第1目的語に、また、a bookが連結規則(24v)により第2目的語にそれぞれリンクされ、次の(48)のDOD構文ができます。

(48) John handed Mary a book.



ある出来事に二つの認知の仕方がある場合には、どちらの認知の仕方に焦点を当てるかにより、項構造が違ってきます。もっと詳しく言うと、出来事に複数の関 与者が含まれている場合には、どの(どちらの)関与者を被動者と同定するかにより、項構造が違ってきます。二つの認知の仕方の交替はゲシュタルト・シフト(gestalt shift)により決定されると考えられますが、認知の仕方が二つあるということが、動詞に二つの項構造があることの根拠になっています。

しかし、動詞がDOD構文で使われるか否かは、「認知上、その動詞が所有変化を引き起こすと解釈できるか否か」によって決まるのではなく、「意味 上、その動詞がどのようなNDSCに属しているか」によって決まります。たとえば、ジョンにボールを投げようと押していこうと、ジョンがボールを所有する 状況が生じることに変りはありません。認知上は、同じ所有権の変化が生じたと解釈できるのですが、throwはDOD構文で使われ、pushは (Pinkerの方言では)使われません。
 

最後に、与格交替とその獲得に関する事実が英語教育に対してどのような示唆を与えてくれるかについて考えてみましょう。次の(49)に要点を三つあげます。

(49)(i) PD構文とDOD構文はそれぞれ移動(あるいは利益供与)と所有変化を表す別 個の構文である。
(49)(ii) 特定のNDSCに属する動詞だけが実際にDOD構文で使われる。
(49)(iii) DOD構文で使われるNDSCの中には音韻制約に支配されるものとされないものがある。

現在、高校で普通に行われている「数学的な」 ―「機械的な」、「記号操作の」という意味です― 書き換えによる指導法は、構文の本質に触れない皮相的な指導法です。(49)(i)の知見がないと、なぜ(27a)*?Mary's behavior gave an idea to John.がよくないか、なぜ(28b)*Rebecca drove Chicago her car.がよくないか、なぜ(12b)Mary taught the students Spanish.が学生がスペイン語を習得したことを含意するのか、なぜ(29b)Mary sent the doctor John.が「メリーがジョンは医者に診てもらったほうがよいと考え、医者に行かせた」状況では使われないのか、なぜ(13b)Sally baked her sister a cake.が「サリーが妹にケーキをあげる(所有させる)つもりで焼いた」状況でしか使われないのか、などを原理に基づいて説明することができません。

また、日本の大学生の中には「tellやthrowやbuyやbakeはDOD構文で使われるが、shoutやpushやchooseやiceは使われない」という区別 を知らない者がたくさんいますが、現在の日本の英語教育の中で(49)(ii)の内容を教わらずに、自然に知ることはむずかしいでしょう。

また、日本人大学生の中には「giveやtellやbuyはDOD構文で使われるが、donateやexplainやpurchaseは使われない」という区別 を獲得している者はほとんどいません。(49)(iii)の「DOD構文を許すNDSCの中には音韻制約が課せられるものと課せられないものがある」という見方をしないと、giveとdonateの区別 は、説明のつかない単なる気紛れとして暗記するしかないでしょう。

これらのことは、日本の学習者は、今まで通りの教え方で教えられる限り、大学生になってもPD構文とDOD構文の本質を知ることができないということを示しています。学生には(49)(i)-(iii)の知見と洞察をどこかの学習段階で教えたいと思います。
 

3回にわたり、与格交替の獲得に的を絞り、項構造の獲得について考えてきましたが、これで終わりです。言語獲得の論理問題に興味をもっていただけたら幸いです。

【参考文献】
  • Baker, C. L. 1979. Syntactic theory and the projection problem. Linguistic Inquiry 10.532-581.
  • Bellugi, Ursula. 1970. Learning the language.
    Psychology Today 66. 31-34, 66.
  • McNeill, David. 1966. Developmental psycholinguistics.
    The genesis of language, ed. by Frank Smith and George Miller, 15-84.
    Cambridge, MA: MIT Press.
  • Green, Georgia M. 1974. Semantics and syntactic regularity. Bloomington, IN: Indiana University Press.
  • Gropen, Jess; Steven Pinker; Michelle Hollander; Richard Goldberg; and Ronald Wilson. 1989.
    The learnability and acquisition of the dative alternation in English. Language 65. 203-257.
  • Pinker, Steven. 1989. Learnability and cognition: The acquisition of argument structure. Cambridge, MA: MIT Press.

     

京都教育大学教授 岡田伸夫
「英語の教え方研究会 NEWSLETTER5」より