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(1)にあげた語はどれも単複同形です(ただし,英和辞典によればsawbonesにはsawbonesesという形もあるようです)。(1)にあがっている語の意味は「~をもっている人」「~する人」です。たとえばbutter fingersは「バターのようにつるつるすべる指をもっている人」という意味ですし,sawbonesは「骨をのこぎりで切る人」という意味です。 このような語は臨機につくることもできます。たとえばだれかが別のだれかのことをelephant earsとかpiano legsとか呼んだとしたら,その意味するところは察しがつくでしょう。もっともこれらは人をからかった呼びかけです。上品な人がこのような表現をすることはまずないでしょう。 次の(2) は2004年3月26日にUniversity of Kentucky Department of EntomologyのDaddy-long-Legsのページで見つけた一節ですが,ここには単数形として使われているdaddy-long-legsと複数形として使われているdaddy-long-legsが共存しています。
また,次の(3)ではlazybonesが単数形と複数形の両方で使われています。
次の(4)は2004年3月26日にLEO - Link Everything Onlineというホームページで見つけた例ですが,ここではbutterfingersが単数形として使われています。
(1)にあげた語はどれも名詞として用いることができますが,呼びかけとして用いることが多いということも指摘しておきます。
次に,どうして(1)にあげた語が単複同形なのか考えてみましょう。まず,lazybonesについて考えてみることにします。語末のsはboneに付いている複数接尾辞のsであり,lazybonesをもっている人(怠け者)に付いている複数接尾辞のsではありません。したがって,理屈を言うと,[lazybones]esとなってもいいはずです。しかし,事実はそうなっていません。bonesの複数接尾辞のsがその後ろに別の複数接尾辞のsが付くのをブロックしているように思われます。 英和辞典には「(経済的・社会的に)人に負けまいとして見栄をはる」ことをkeep up with the Jonesesと言うと書いてありますが,これをkeep up with the Jonesとする人も多いようです(Pinker 1999)。 「余計な接尾辞は付けない」という原則はいろいろなところに顔を出します。たとえば,園芸書を読んでいると,クロッカスやグラジオラスやナーシサスの複数形として,crocusesやgladiolusesやnarcissusesではなく,crocusやgladiolusやnarcissusが使われているのに出会うことがあります(Pinker 1999)。crocusやgladiolusやnarcissusの語尾のsを複数接尾辞のsと錯覚して複数接尾辞のsを付けなかったのでしょう。 また,所有格接尾辞のsを付ける場合にも同じような現象が見られます。こどもの病院と言うときに,childの複数形のchildrenにアポストロフィーsを付けてa children's hospitalとしますが,kidの複数形のkidsを使って表現するときには,a kids's hospitalではなく,a kids' hospitalとします。kidの複数接尾辞sが所有格接尾辞sの付加をブロックするのでしょう。また,人名のCharlesやJonesに所有格接尾辞のsを付けるときには,Charles's hatとかthe Jones's carではなく,Charles' hatやthe Jones' carとするのが普通です。これらの場合には人名の最後のsが所有格接尾辞と錯覚され,新たに所有格接尾辞sを付加する必要がないと考えるのでしょう。 動詞の過去形をつくるときにも同じような現象が見られます。動詞の不規則変化の一つのタイプにno changerと呼ばれるタイプがあります。hit, cut, put, bid(競売で値をつける)などの過去形は,規則変化接尾辞のedを付けてcutted, hitted, putted, biddedとせずに,原形のhit, cut, put, bidをそのまま使いますが,これらはもともとtやdで終わっています。tとdは,無声音(声帯の振動を伴わずに発せられる音)か有声音(声帯の振動を伴って発せられる音)かの違いはありますが,どちらも閉鎖音(alveolar stop)である点は同じです。最初から規則変化接尾辞edが付いていると錯覚されたためにedが付かない形が歴史的に過去形として定着したのでしょう。 また,こどもは,不規則変化動詞を過去形で使うときに,その正しい形を知らない場合やその正しい形が記憶に定着していない場合に,規則変化接尾辞のedを付けることがあります。この現象は過度の一般化(overgeneralization)と呼ばれますが,tやdで終わる語にedを付けてhitted, putted, builded, meetedなどの過度の一般化形をつくるより,それ以外の音で終わる語にedを付けてbringedやbuyedのような過度の一般化形をつくるほうが多いということが明らかになっています(Pinker 1999)。これは,hitted, putted, builded, meetedなどの語尾のtやdが規則変化接尾辞と錯覚され,新たに規則変化接尾辞edを付ける必要がないと考えられるからでしょう。 (本稿を書くにあたり,Edward Quackenbush先生から貴重な情報をいただきました。そのことを記してお礼を申し上げます。) 参考資料 LEO - Link Everything Online Pinker, Steven (1999) Words and Rules, Basic Books. University of Kentucky Department of EntomologyのDaddy-Long-Legs 大阪大学教授 岡田伸夫 |