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(4)の話し手は、聞き手自身が自分が美人であることを知っているという前提に立って質問しています。それに対して(3)では話し手はそのような前提に立っていません。普通、英語では文末に聞き手にとって新しい情報や重要な情報が現れますので、文末に強勢が来ます。(3)も、普通は、文末のa beautiful girlに強勢がきます。話し手が(4)のa beautiful girlに強勢を置かないのは、聞き手にとって(for you) to be a beautiful girlという内容が既知の情報であるという前提に立っているからです。 聞き手にとって既知の情報には強勢を置かないという原則は、既知の情報であるhe, she, itなどの人称代名詞に強勢を置かないということにも現れています。また、次の(5)に見られるように、この原則は既知の情報が丸ごと省略されるという現象にも現れています。
省略は一切の音がなくなるわけですから強勢度はゼロです。(5)Bの発話ではcome with youという情報はAの発話の中に既に現れていますので強勢は受けません。1つ前に出てくるwillに強勢が置かれます。Bのcome with youはAにとって既知情報ですので省略することができます。 (2)に 戻りましょう。ガートンが少女に「デボンシャーの方ですか。」と質問すると、少女は「いいえ、ウェールズから来ました。」と答えます。ご存知のように、デ ボンシャーは、歴史的には、アングロサクソン族が住みついたところで、ウェールズは先住民族のケルト族がアングロサクソン族に追われ、移り住んだところで す。ガートンは少女がウェールズから来たと言うのを聞いて、「きみを初めて見たときにケルトの人だと思ったんだよ。」と応じているのです。ケルト族特有の 顔立ちとか、しぐさ振る舞いとか、訛りとかがあったのでしょうか。少女がケルト系であることはもちろん少女には自明のことです。you were a Celtの部分は少女にとっては旧情報ですので話し手はそこには強勢を置きません。(2)を日本語に直すと次の(6)くらいになるでしょうか。
(1)のI thought you were a Celt.のCeltに強勢があったらどのような意味になるのでしょうか。ガートンの"Are you a Devonshire girl?"という質問に対して少女が"Yes, sir."と答えていたらCeltに強勢を置いて発音することができたでしょう。その場合には、少女はケルトの人ではないのですから、ガートンのI thought you were a Célt.という発話は、「(早合点して)きみをてっきりケルトの人だと思ったんだよ。」という意味になります。 同種の例を下の(7)にあげますが、まず、(7)の場面に至る背景を説明しておきます。インディアナ州セントルイスに住んでいるDanとBethの夫婦仲が悪くなり、両者のコミュニケーションのまずさがその原因ではないかと疑われ、言語学者のCookがこの夫婦の家に住み込んで2人のやりとりをコミュニケーションの観点から分析することになります。(7)をご覧ください。
(7)では壁に貼りつけてある1枚の地図が話題になります。Cookは この部屋に1人でいるときにこの地図を見て、そこに描かれている海岸の遊歩道はカリフォルニア州のサンタクルツにある遊歩道ではないかとチラッと思いま す。でも、まさかインディアナ州セントルイスの家庭の壁にサンタクルツボードウォークを描いた絵が貼りつけてあるはずはないと推測します。ところが、話し ているうちにこの絵を描いたDanがカリフォルニア大学サンタクルーズ校でBethと知り合ったということがわかります。この絵の遊歩道はやはりサンタクルツボードウォークだったのです。DanにもBethにも、また、読者にも、この遊歩道がサンタクルツボードウォークであることは既知の情報です。そこでCookは「この絵の遊歩道は初めて見たときにサンタクルツボードウォークだと思った。やっぱりそうだった。」という気持ちでthoughtに強勢を置いたのです。 I thought ... の...の部分に強勢が置かれる例も見てみましょう。次の(8)の例を見てください。
(8)は『インディ・ジョーンズ/最後の聖戦』の一節です。インディが、ナチに よってある城の部屋に幽閉されている父親のヘンリーを救出しようとして、ヘンリーの部屋の窓ガラスに外から体当たりして部屋の中に飛び込みます。ヘンリー はインディを敵と勘違いして花瓶でインディの頭をたたきます。I thought you were one of them.のthemは敵のことです。この場面ではインディがヘンリーの敵でないことは自明ですから、you were one of themという情報がインディに共有されているはずがありません。その情報はインディにとって新情報ですので、ヘンリーは文末のthemに強勢を置き、「お前を敵だと早合点したんだよ。」という意味になるのです。(themはイタリックになっていませんが、そこに強勢を置いて発話します。)もしthoughtに強勢が置かれたら「やっぱりそうだったのか。はなからお前が奴らの一味だと思っていたんだよ。」という意味になるでしょう。(8)のI thought you were one of them.のthemに強勢が置かれるということも、「聞き手にとって既知の情報には強勢を置かない。聞き手にとって新しい情報には強勢を置く。」という原則の現れです。 ついでですが、(8)のThey come in through the doorのTheyが強勢を受けているのは「私ではなく彼らなら」という対照の意味を表すからです。「私は捕まってしまうので城の中を自由に歩けないが、彼らは自分の城なのだから自由に歩ける。この部屋に入ってこようと思えば当然ドアから入ってくる。」ということを言っているのです。 dancing girlのdancingに強勢を置くと「踊り子」、dancingとgirlに等しい強勢、あるいは、girlにより強い強勢を置くと、「踊っている少女」になるとか、permitの 第1音節に強勢を置くと名詞の「許可」「許可書」になるが、第2音節に強勢を置くと動詞の「許可する」になるとかの事実はご存知だと思います。今回ご質問 いただいた強勢の位置と意味解釈の問題は、今まで英語教育の中で取り上げられることはなかったのではないかと思います。オーラルコミュニケーションにおい ては、強勢の位置を聞き取って文を正しく理解するとともに、正しい位置に強勢を置いて伝えたい意味を正確に伝える必要があります。もちろん今回ご質問いた だいたように、英語を読むときにも強勢の位置と意味のつながりを意識しながら読む必要があります。 References Morgan, Jerry L. (1969) "On arguing about semantics," Papers in Linguistics 1, 49-70. Horn, Laurence R. (1985) "Metalinguistic negation and pragmatic ambiguity,"Language 61, 121-174. 大阪大学教授 岡田伸夫 2004年9月17日 |