Q.23 |
下の(1)ではdidが使われていないのに,どうして下の(2)ではdidが使われているのでしょうか。 |
(1) |
Into the woods ran the rabbit. |
(2) |
Only in Sparta did girls receive public education -- in other city-states most women were completely illiterate.
また,否定語が前に来たときにdo/does/didが使われるのはなぜでしょうか。 |
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A.23 |
(1)は『英語の構文150 Second Edition』の構文146の例文253です。ここでは『英語の構文150 Second Edition』で使われている例文をいくつか使います。(以後,(構文146, 例文253)という表記はこの本の構文146の例文253であることを示します。)
(1)に見られる倒置と(2)に見られる倒置は同じものではありません。(1)の倒置は主語・動詞倒置ですが,(2)の倒置は主語・助動詞倒置です。主語・助動詞倒置では,法助動詞のwill, can, mustのほか,完了を表すhave, has, hadやis, are, was, wereなど,助動詞として扱われる表現が主語と倒置しますが,これらの表現がなければ,doが出てくるのです。
(1)で文頭に動かされているのはinto the woodsです。これは形の上では前置詞intoを中心にした句(前置詞句)ですが,(2)のonly in Spartaも前置詞句です。in Spartaの前にonlyがありますが,onlyはin Spartaの修飾語なのでonly in Spartaが前置詞句であることには変わりありません。主語・動詞倒置を引き起こすか主語・助動詞倒置を引き起こすかは,into the woodsとonly in Spartaの形の違いではなく,意味の違いにあります。
only in Spartaは,notやnoを含んでいるわけではありませんが,「スパルタだけで...だ」ということは「ほかの場所では...でない」ということですから,意味的には否定を含んでいます。(2)の主語・助動詞倒置を引き起こしているのはonly in Spartaの否定の意味です。 |
次に,主語・助動詞倒置がどのようなときに適用されるか見てみましょう。(ア)疑問文をつくるときに適用されるということは周知の事実です。
(3) |
What did the dog bark at? |
そのほかにも,(イ)否定表現を文頭に動かすときや,(ウ)強調を表すso句を文頭に動かすときや,(エ)助動詞should/were/hadを含む条件文の中で適用されます。
(4) |
At no time in my life have I been busier than I am today.
(構文144, 例文250) |
(5) |
So fiercely did the dog bark that it kept everyone away.
(構文144, 例文251) |
(6) |
Were I younger, I would exert every effort toward finding another more profitable job.
(構文119, 練習問題474) |
上の(2)は「(イ)否定表現を文頭に動かすとき」の1例です。
「(イ)否定表現を文頭に動かすとき」と「(ウ)強調を表すso句を文頭に動かすとき」というのは,高校でも教えています。次の例を見てください。
(7) |
Does your throat hurt you? added the mother to the child. But the little girl's expression didn't change nor did she move her eyes from my face. --W. C. Williams, "The Use of Force" |
(8) |
Mexicans speak Spanish. And so does Bush, supposedly. --Ward, Ryan (2001) "'They Miscalculated me as a Leader'"『週刊ST』, FRIDAY, AUGUST 24, 2001. |
(9) |
No sooner had I touched her than a ghost appeared!--Segal, Erich (1988) Oliver's Story, Bantam Books, Toronto. |
しかし,高校では,「(イ)否定表現を文頭に動かすとき」「(ウ)強調を表すso句を文頭に動かすとき」といった一般化はしないで,(7)-(9)のケースを覚えるべき構文として提示することが多いようです。
「(エ)助動詞should/were/hadを含む条件文の中」で使われる主語・助動詞倒置は,従属節の中でも自由に適用されます。次の例を見てください。
(10) |
Looking at that picture, I see a woman who(ア)had she been twenty-three in the 1980s would have had limitless options available to her. She is more than pretty; she is visibly bright and vibrant and interesting. I look at the picture, and I know that(イ)had she decided to pursue personal pleasure or professional accomplishment, doors would have been open to her. In the picture she is a person whom, (ウ)had I been a young man in 1932, I would have wanted to know. --Greene, Bob (1989) Cheeseburgers, Kodansha International, Tokyo. |
下線部(ウ)の条件節は,その前後にコンマがあるので比較的容易に解釈できるのですが,下線部(イ)の条件節は,直前の従属接続詞thatにじかに続いているのでthat had ...と誤読してしまう可能性があります。一番むずかしいのは下線部(ア)です。who had ...と誤読してしまい,最後まで,関係代名詞whoを受ける述部がwould以下であることに気がつかない可能性があります。
(ア)疑問文をつくるとき,(イ)否定表現を文頭に動かすとき,(ウ)強調を表すso句を文頭に動かすときに主語・助動詞倒置が適用されるのはなぜでしょうか。疑問詞,否定表現,強調のso句に共通する意味要素は何でしょうか。印象的な言い方しかできませんが,いずれも特別に強い意味を表しているように思われます。文頭の特別な意味が主語・助動詞倒置を引き起こしているのではないかと思われます。
では,(エ)助動詞should/were/hadを含む条件文の場合はどうでしょうか。(6)のWere I youngerはもともと疑問文なのかもしれません。「私は若いでしょうか」から「もしそうだとしたら」というように話が展開して行ったのかもしれません。でも,これも現段階では想像の域を超えるものではありません。
次に,上の(1)で使われている主語・動詞倒置についてもう少し詳しく見てみましょう。(1)の倒置は主語・助動詞倒置ではありません。主語・助動詞倒置だったら次の(11)ができていたでしょうが,(11)は文法的ではありません。
(11) |
×Into the woods did the rabbits run. |
主語・動詞倒置は,動詞が移動を表す動詞で,(ア)到着点,(イ)出発点,(ウ)方向,(エ)通過点を表す句が文頭に動かされるときに適用されます。
(12) |
(=(1))Into the woods ran the rabbit. [下線部は到着点] |
(13) |
Out of the house stepped Norman. [下線部は出発点] |
(14) |
Toward the beach ran the children. [下線部は方向] |
(15) |
By the grocery store passed the car. [下線部は通過点] |
ただし主語が代名詞のときには適用されません。次の(16)aはOKですが,(16)bは非文法的です。
(16) |
a. |
〇Away they ran! |
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b. |
×Away ran they! |
それに対して,主語・助動詞倒置は,主語が代名詞であろうと名詞であろうと,適用されます。
主語・動詞倒置は必ず適用しなければならないというものではありません(太田1996)。たとえば上の(12)は次の(17)のように言うこともできます。
(17) |
Into the woods the rabbit ran. |
しかし(12)も(17)もOKだということを知るだけでは不十分です。それらがどのような意味で使われるのかがわからないとそれらを適切な場面で使い分けすることができません。Rochemont (1978)は,次の(18)aと(18)bはそれぞれ(19)aと(19)bでパラフレーズされると言っています。
(18) |
a. |
Out of the house walked John. |
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b. |
Out of the house John walked. |
(19) |
a. |
It was John that walked out of the house. |
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b. |
It was out of the house that John walked. |
(18)aではJohnが重要な情報であるのに対して,(18)bではout of the houseの ほうに焦点が置かれているのでしょう。高校では主語・動詞倒置の例を教えますが,主語・動詞倒置がどのような目的があるときに使われるかというところまで 踏み込んで教えないと,本当の意味でこの構文を教えたことにはなりません。普通でない語順に出会うといつでも「強調」と言ってしまいがちですが,何のため に何を強調しているかまで明らかにしないと学生が使える知識になりません。『英語の構文150 Second Edition』の構文146の「発展」のところではこの構文の機能を上の例文(13)を使って次の(20)のように説明しています。
(20) |
話し手はこの構文を用いて自分の目の前で展開される(/展開された)出来事を生き生きと描写する。話し手は,聞き手が自分が与える情報を意外な思いで受け取ることを期待している。従って,話し手はたとえば,「Normanに招待され,定刻に彼の家に着き,ブザーを押したら,Normanが出てきた」という当たり前のストーリーを語るときには,次の(a)を使うことはできても,意外性が要求される(b)を使うことはできない。 |
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(a) |
Norman stepped out of the house. |
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(b) |
Out of the house stepped Norman. |
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(b)は,日本語ならさしづめ「家から出てきたのは,なんとノーマンだった。」ぐらいになるだろう。 |
この構文に出会ったらこのことを思い出してください。
主語・動詞倒置が使われる重要なケースはまだあります。まず,場所表現の前置とそれに伴う主語・動詞倒置の例を見てみましょう。
(21) |
(ア)At the end of the long row of portraits, and just before one turns into the library, stands a glass case.(イ)In the case are trophies. Athletic trophies. --Segal, Erich (1970) Love Story, Harper & Row, New York. |
英語には「旧情報が前,新情報が後」という文章構成法上の傾向があります。(21)の下線部(ア)と(イ)において文頭に動かされているのは場所を表す表現ですが,これらは,文脈上,聞き手(読み手)にとって既知の情報です。文末に動かされているa glass caseとtrophiesは,定冠詞theがついていないことから明らかなように,聞き手(読み手)にとっては新しい情報です。おもしろいのは,下線部(イ)で旧情報とされているcaseは,その直前の文では新情報として出てきているということです。
場所句の前置と主語・動詞倒置のバリエーションには次の(22)や(23)のようなものもあります。
(22) |
Sitting on the stump was a big, ugly toad. (構文145, 発展) |
(23) |
Hidden in the cellar were several barrels of wine. (同上) |
上の(22)で文頭に動かされているのは動詞句sitting on the stumpですが,これは,あるものが「ある場所(on the stump)にある状態(sitting)で」いるということを表しているので,広い意味で場所と考えられます。(23)の文頭の動詞句hidden in the cellarも同様に場所を表していると考えられます。
上の(21)に見られるように,この倒置はbe動詞を軸にしてその前後の表現を入れ替えることが多いのですが,軸になるものはbe動詞以外の動詞のこともありますし,「助動詞+動詞」とか「助動詞+副詞+動詞」のこともあります。次の(24)aと(24)bを見てください。
(24) |
a. |
In each hallway is/hangs/has long stood a large poster of Lincoln. --Emonds (1976) |
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b. |
Here will be/will stand the memorial to the war dead. --Emonds (1976) |
上の(23)のhiddenをwereの後ろに回し,次の(25)のように言うこともできます。
(25) |
In the cellar were hidden several barrels of wine. |
次の例も見てください。
(26) |
ARMENIA, Columbia (AP) -- Tears in her eyes, the nun stared at the statue of Saint Anthony helping a poor beggar. Around the statue was scattered what was once the Sanctuary of Miracles church -- its walls, roof, steeple, altar -- all reduced to rubble. --CNN "Columbia quake survivors mourn the dead, struggle to survive." February 1, 1999, Web posted at : 12:50 p.m. EST (0450 GMT) |
主語・動詞倒置は比較表現の前置に伴って適用されることもあります。次の(27)と(28)を見てください。
(27) |
No less corrupt was the ward boss. |
(28) |
More important has been the establishment of legal services. |
(27)と(28)の下線部の比較表現は文字通りの場所表現ではありませんが,「the ward bossやthe establishment of legal servicesがno less corruptやmore importantという状態にある」と考えれば,抽象的なのですが,場所と考えることができるかもしれません。
(27)のno less corruptは「それと同じくらい腐っているのは」という意味で,no less corrupt than XのXが何を指すかは文脈上明らかなので(言い換えると,既知の情報なので)省略されています。(27)のward boss (区長)には定冠詞theがついていますが,話し手(書き手)は,この文脈の中ではward bossが聞き手(読み手)にとって重要あるいは意外な情報であると認識して提示しているのです。
References
Emonds, Joseph E. (1976) A Transformational Approach to English Syntax: Root, Structure-Preserving, and Local Transformations, New York, Academic Press.
岡田伸夫 (2003)『英語の構文150 Second Edition』美誠社.
太田朗 (1996)「動詞の意味と統語構造--日英語の比較--」『京都外国語大学SELL第12号』pp.1-33.
Rochemont, Michael S. (1978) A Theory of Stylistic Rules in English, Doctoral dissertation, University of Massachusetts, Amherst.
大阪大学教授 岡田伸夫
2004年10月31日 |