英語研究室

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英文法Q&A

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関西外国語大学教授 岡田伸夫が英文法をQ&A方式で教えます!

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He ran too fast for me to keep up with him.のhimは省略しなくてもいいのでしょうか。(下)

前回は,
 
Q.27 『英語の構文150 Second Edition』の構文136,例文238.の

He ran too fast for me to keep up with him.

には主節の he を指す代名詞 him がありますが,これはいらないのではないでしょうか。

という質問に対して,日本の伝統的な学習英文法における記述を紹介し,正しい事実を示し,実例をあげました。今回は,近年の生成英文法研究や語法研究の成 果を考慮に入れ,さらに考察を深めたいと思います。読者の皆さんに理論的な英文法研究の一端を実感していただければ幸いです。

IV. 近年の科学的な英文法の論文や書籍における記述
伝統的な学習文法書が規則2を教えるのに対して,科学的な文法研究書は,次の(23)-(25)のような例をあげ,規則3を正しいとしています。
 
(23) This problem i is too abstract for Bill to solve (it i ). --Lasnik and Fiengo(1974, p.538)
(24) It i moves too quickly for most people to see (it i ). --Quirk et al. (1985, §15.73)
(25) She i was too young for others to date her i . --Quirk et a1. (1985, §15.73)
(26) 規則3: to不定詞の前にfor ... が顕在している場合には,主節の主語と同じものを指す不定詞(あるいは前置詞)の目的語の代名詞はあってもなくてもよい。

精密な語法研究で定評のある河上道生先生は,河上(1996, pp.365-367)の中で,ある英語参考書が,次の(27)(28)を取り上げ,「(27)においては,文末のhimを省略することはできない。逆に(28)においては,readの後にitを入れると誤りになる。」と記述しているのを取り上げ,「上の記述は独断的であり,事実と合致しない。不定詞の前にfor ... があると,代名詞を入れることを許す傾向がある。(27)ではhimを省き,(28)では it を入れることができる。」と述べています。
 
(27) Jack i speaks too fast for me to understand him i .
(28) The book is too difficult for me to read.


V. for句のステータス
しかし,(26)規則3は中途半端です。なぜそのような規則が存在するのか何も説明していません。これからその説明に取り掛かりますが,ステップを踏んで考えていけば,それほどむずかしいことではありません。
まず,for句には主節の述語にかかるものと,to不定詞の主語として機能するものの2つがあるということを見ておきましょう。次の(29)を見てください。
 
(29) It is pleasant for the rich for the poor immigrants to do the hard work. --Chomsky (1977, p.92)

for the richpleasantにかかり,for the poor immigrantsto do the hard workの主語です。その証拠にfor the richは文頭や文末に動かすことができます。
 
(30) For the rich, it is pleasant for the poor immigrants to do the hard work.
(31) It is pleasant for the poor immigrants to do the hard work, for the rich.

次の(32)ではfor句がto不定詞の主語になっています。
 
(32) For John to pass the exam is easy. --Rosenbaum (1967, p.106)

それに対して,次の(33)ではfor句はdifficultにかかっています。
 
(33) To pass the exam was difficult for John.

上の(23)の文は次の2通りに分析することができます。
 
(34) This problem i is too abstract for Bill [to solve _ ].
(35) This problem i is too abstract [for Bill to solve it i ].

もちろんfor句の中に現れる要素がthere構文のthereのときには,これが主節の述語を修飾することはありえないので,to不定詞の主語としてしか解釈できません。したがってfor thereを文頭や文末に動かすこともできません。
 
(36) a. It is intolerable for there to be snow in June.
  b. *For there, it is intolerable to be snow in June.
  c. *It is intolerable to be snow in June, for there.

では,(34)(35)の違いをどのように説明すればよいのでしょうか。so ... that ... 構文のthat節の中に出てくる主節の主語や目的語と同じものを指す代名詞を省略することはできないというよく知られている事実をとっかかりにするといいと思います。一般的に現在あるいは過去の時制をもつ定形節(that節がそうです)の中の要素は,主語であろうと,動詞の目的語であろうと,主節の主語や目的語と同一人物を指していても省略することはできません。
 
(37) a. Anni told Jimj that shei trusts him i.
  b. *Anni told Jimj that _i trusts him i.
  c. *Anni told Jimj that shei trusts _i.
  d. *Anni told Jimj that _i trusts _i.
(38) a. Anni married Jimj because hej always helped heri.
  b. *Anni married Jimj because _j always helped heri.
  c. *Anni married Jimj because hej always helped _i.
  d. *Anni married Jimj because _j always helped _i.

so ... that ... 構文の場合,that以下は1つの従属節をなしています。だからso ... that ... 構文のthat節中の代名詞を省略することはできないのです。

さて,いよいよtoo ... for ... to ... 構文です。何もむずかしいことはありません。「(23)(34)のように分析したら代名詞の it は必ず省略する。それに対して,(23)(35)のように分析したら代名詞は省略しない。」それだけのことなのです。次にこのことを規則4として述べておきましょう。
 
(39) 規則4: for ... to ... が節をなしているときには(that節の中の代名詞を省略できないのと同様に)代名詞を省略することができない。

次に,規則4が正しいことを見てみましょう。次の(40)ではsolveの目的語が,また,(41)ではforの目的語が顕在しています。
 
(40) This problem is too abstract for Bill to solve it.
(41) Nixon is conservative enough for us to vote for him.

この場合には,for句は,to不定詞の主語なのですから,文頭や文末に動かすことはできません(Lasnik and Fiengo 1974 pp.538, 556)。
 
(42) *For Bill, this problem is too abstract to solve it.
(43) *This problem is too abstract to solve it, for Bill.

逆に,代名詞がなければfor句は主節の述語の修飾語なのですから文頭や文末に動かすことができます。
 
(44) This problem is too abstract for Bill to solve.
(45) a. For Bill, this problem is too abstract to solve.
  b. This problem is too abstract to solve, for Bill.

VI. 進んだ考察
次に2つばかり少し進んだ内容を取り上げます。まず,最初にあげるのは主節の要素とto不定詞の中の目的語の間の距離です。一般的に,too ... for ... to ... 構文で,主文の主語とto不定詞の代名詞が距離的に近いと受け入れられる可能性が低下し,逆に,その2つの距離が広がると,受け入れられやすくなります(Ross 1967a, p228; 荒木1986, pp. 441-442)。次の例文がいいかどうかの判定はRossのものです。 (46)(49)の英文の文頭の?はこの英文が文法的と非文法的のボーダーライン上にあることを標示します。
 
(46) ?The rock was too heavy for me to pick it up.
(47) *The book is too difficult for me to understand it.
(48) This rock is heavy for me to begin to decide about helping Bob to try to pick it up.
(49) ?This rock is too heavy for me to begin to decide about helping Bob to try to pick up.

これはある意味で常識にかなった判断のように思われます。主節の主語と,to不定詞の顕在しない(あるいは透明の)目的語の間の距離が広がると,顕在しない目的語が,前に出てきた主節の主語と同じものであるということがわかりにくくなり,そのことを避けるために代名詞を入れることが好まれるのでしょう。
2番目の点ですが,私のインフォーマント(ミシガン大学言語学Ph.D)は,次の(50)の2つの文で,代名詞のitthemはあってもなくてもよいと判断します。
 
(50) a. The park you describe sounds too small for there to have been a riot in (it).
  b. Some bureaucrats are too stupid for there to be any hope for (them).

for thereは主節のsmallとかstupidにかかるものではなく,to不定詞の主語です。そのことは,次の(51)a, bが非文法的であることからもわかります。
 
(51) a. *For there, the park you describe sounds too small to have been a riot in (it).
  b. *The park you describe sounds too small to have been a riot in (it), for there.

このあたりになると何が事実かなかなか簡単には決められなくなります。私のもう1人のインフォーマント(大阪大学外国人教師のイギリス人)は,(50)aは代名詞のitがあってもなくても文法的,(50)bthemがあれば文法的だが,themがないと非文法的と判断します。上の(50)a, bitthemを省略することができるという前提の上での話ですが,(39)規則4は成立しないということになります。そして残るのは(26)規則3ということになります。

しかし,規則3は極めて不自然です。なぜ「to不定詞の前にfor ... が顕在している場合」という条件が課せられるのか,その意味がわかりません。for句には主節の述語を修飾するものとto不定詞の主語となるものの2つがあり,この2つは別物です。それにもかかわらず,どうして「to不定詞の前にfor ... が顕在している場合」というまとめ方ができるのでしょうか。そのように考えてくると,次の規則5が候補として浮かび上がってきます。
 
(52) 規則5: for ... to ... 節の場合には主節の要素を指す代名詞は省略してもしなくてもよい。

実は規則5はそれほど奇妙な規則ではありません。that節は顕在的な主語を含み,さらに,主動詞あるいは助動詞の部分に現在あるいは過去の標示がつきます。したがって,次の(53)に見られるように,従属節であることを合図するthatを除けばそのまま主節として成立します。
 
(53) We couldn't eat it. (←(4)a)

それに対して,to不定詞は節に必要な主語や現在あるいは過去の標示を欠くのでそのまま主節になることができません。for ... to ... 節は,単独のto不定詞に比べると,主語となるfor句を含んでいるという点でthat節に近いのですが,現在あるいは過去の標示を欠くのでやはり単独で主節として成立することができません。この段階的違いを図示すると次の(54)になります。
 
(54) that

 

 

節としての完成度

  for ... to ...
  to不定詞

つまり規則5は,節としての完成度に関してfor ... to ... 節がthat節とto不定詞の中間に位置するということにその動機づけがあると思われます。ただし,ここの話はすべて上の(50)a, bにおいて代名詞のitthemを省略することができるという前提での話です。もし事実をもっと広範に調べて(50)a, bにおいて代名詞のitthemを省略することができないという結論が出れば,(39)規則4が正しいと考えていいことになります。

さて,以上,too ... for ... to ... 構文におけるto不定詞あるいは前置詞の目的語が出てくるか省略されるかについて詳しく見てきましたが,(15)規則2が 正しいと誤解していた場合にはどのようなことが起こるのでしょうか。英語を話したり,書いたりする(発信する)ときには,正しい形をつくることができま す。代名詞が顕在する形をつくれないという点では表現の多様性が落ちますが,間違った形はつくらないわけですから,それほど大きな問題にはならないでしょ う。英語を聞いたり,読んだりするときにはどうなるでしょうか。規則2をしっかり覚えていればいるだけ,(16)-(22)のような生の英語に触れたときに戸惑うかもしれません。その意味では(39)規則4あるいは(52)規則5を覚えたほうがいいでしょう。

本稿の意義は,

(55) for句が主節の述語を修飾するケースとto不定詞の主語になるケースがある。
(56) too ... for ... to ... 構文は,表面的には同じでも,実は異なる2種類の構文の具現形である。
(57) 節(that節とfor ... to不定詞節)の中の代名詞は省略できない(あるいは,for ... to ... 節の中の代名詞は省略してもしなくてもよい)。
などの文法上の知見を提供することにより,学習者が英語の真の姿に近づくことを可能にするというところにあると思います。

最後までお読みいただき,ありがとうございました。


References
Alexander, L. G. (1988) Longman English Grammar, Longman, Harlow.
荒木一雄編 (1986)『英語正誤辞典』研究社出版.
Chomsky, Noam (1977) Essays on Form and Interpretation, Elsevier North-Holland, New York.
Close, R. A. (1975) A Reference Grammar for Students of English, Longman, Harlow.
河上道生 (1996)『英語参考書の誤りとその原因をつく』4版, 大修館書店.
Lasnik, Howard and Robert Fiengo. (1974) “Complement object deletion,” Linguistic Inquiry 5, 535-571.
LDOCE (2003)=Longman Dictionary of Contemporary English, 4th ed., Pearson Education, Harlow.
Murphy, Raymond (1994) English Grammar in Use, 2nd ed., Cambridge University Press, Cambridge.
Quirk, Randolph, Sidney Greenbaum, Geoffrey Leech, and Jan Svartvik (1985) A Comprehensive Grammar of the English Language, Longman, London.
Rosenbaum, Peter S. (1967) The Grammar of English Predicate Complement
Constructions
, MIT Press, Cambridge, MA.
Thomson, A. J. and A. V. Martinet (1986) A Practical English Grammar,4th ed., Oxford
University Press, Oxford.

 
大阪大学教授 岡田伸夫
2005年2月28日