このitはいろいろな名前で呼ばれています。文法的に分析しにくいということなのでしょう。itの正体について考える前にIt is quite natural that tastes differ.とThat tastes differ is quite natural.の違いについて見ておきましょう。
次の(1)のaとbと(2)のaとbはいずれも文法的です(Thomson and Martinet 1986:§67D)。
(1) |
a. It's odd that he hasn't phoned.
b. That he hasn't phoned is odd.
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(2) |
a. It's certain that prices will go up.
b. That prices will go up is certain.
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(1a)や(2a)のitは後続のthat節の予告編みたいなものです。「それは奇妙だよ。それというのは彼が電話をしてこないということなんだけど。」という感じで使われていると考えてもいいでしょう。ただし、日本語に訳すときには「彼が電話をしてこないのは奇妙だ」となり、itの部分を「それ」と訳すことはしません。
(1a)を分析して図で示すと次のようになるでしょう。
(3) |
It's odd that he hasn't phoned.
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Thomson and Martinetは、(1)と(2)のような文ではaの形のほうがはるかに普通だろうと述べています。aとbを機械的に書き換えるような作業をしていると、それらがまるで同義であるかのような錯覚をしてしまいます。Thomson and Martinetがaとbの違いに触れたことは重要なことだと思います。しかし、Thomson and Martinetの言い方からは、どのような場合にaとbの形が使われるのかが見えてきません。そのことを知らないと、英語を正確に理解することも表現することも困難です。
be oddやbe certainのほかに次のような述語が上の二つの構文で使われます。
(4) |
a. It's natural that he should think like that.
b. That he should think like that is natural.
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(5) |
a. It surprised everyone that John inherited a large fortune.
b. That John inherited a large fortune surprised everyone.
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(6) |
a. It is widely believed that you're a vegetarian.
b. That you're a vegetarian is widely believed.
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(7) |
a. |
It is a city ordinance that no one under 17 may purchase "implements of graffiti." |
b. |
That no one under 17 may purchase "implements of graffiti" is a city ordinance. |
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that節が文頭に現れるbの構文は、that節の内容が、文脈上、すでに読み手に知られている内容(旧情報とか既知情報とか言われています)であるときに使われます。それに対して、述語の意味上の主語であるthat節が文末に回される構文は、that節の内容が(前提されている場合ではなく)断定されている場合に用いられます。Creider(1979:9)はこのことをおもしろい文脈を設定して説明しています。
次の(8)の問いに対する答えは、次の(9)のaとbのどちらがふさわしいでしょうか。
(8) |
What will happen when we go on line?
(インターネットにつながるとどうなりますか。)
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(9) |
a. |
That the interface between the interactional software will go down while we are on line is virtually certain.
(インターネットにつながると相互に作用しあうソフトウェアのインターフェースがダウンすることはほぼ確実です。) |
b. |
It is virtually certain that the interface between the interactional software will go down while we are on line. |
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(8)の問いは「相互に作用しあうソフトウェアのインターフェースがダウンする」という答えを求めています。Creiderは、(8)の問いに対する適切な答えは、求められている情報を表現するthat節が、述語be certainの前の主語の位置に現れる(9a)ではなく、文末に現れる(9b)であると言います。言い換えると、述語の意味上の主語のthat節が文末に回されるのは、その内容が、当該文脈で断定されている場合なのです。断定されるのは、通例、文脈上、新情報に当たり、前提されるのは、旧情報に当たります。
述語の前の主語の位置に現れるthat節の内容が旧情報であるということを実例で確認しておきましょう。次の(10)のテキストを見てください。これはRobert James Waller (1992) The Bridges of Madison County, Warner Brothers, New Yorkの始まりの第2パラグラフと第3パラグラフです。
(10) |
On the other end of the wire is a former Iowan named Michael Johnson. He lives in Florida now. A friend from Iowa has sent him one of my books. Michael Johnson has read it, his sister, Carolyn, has read it, and they have a story in which they think I might be interested. He is circumspect, refusing to say anything about the story, except that he and Carolyn are willing to travel to Iowa to talk with me about it.
That they are prepared to make such an effort intrigues me, in spite of my skepticism about such offers. So I agree to meet with them in Des Moines the following week. At a Holiday Inn near the airport, the introductions are made, awkwardness gradually declines, and the two of them sit across from me, evening coming down outside, light snow falling.
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(10)の第2パラグラフの第1文ではthat節 が主語として用いられ、文頭に現れています。なぜかというと、第1パラグラフの最後でその内容がすでに出ているからです。第1パラグラフの点線部は、「彼 とキャロリンはアイオワに戻ってくるのをいとわない」という意味です。第2パラグラフの第1文は、直訳すると、「彼らがそのような手間暇をかける心の準備 ができている」という意味ですが、ほとんど同じ内容のことを言っていることは自明でしょう。この二つの文を次のように並べて対応関係を示すと、そのことが よくわかります。
(11) |
he and Carolyn |
are willing |
to travel to Iowa |
↓ |
↓ |
↓ |
they |
are prepared |
to make such an effort |
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以上、見てきたように、that節が主語として文頭に現れる構文(「That節+述語」構文)は、どのような談話にでも出てくるわけではなく、that節の内容が当該の文脈・場面で既知の情報である場合に限られています。それに対して、that節の内容が当該の文脈・場面で断定される新情報である場合に、that節が文末に回されるのです。このことが「That節+述語」構文と「It+述語+that節」構文について先ず第一に知っておかなければならない重要なルールです。
(1)と(2)のaとbについては、もう一つ知っておかなければならない重要なことがあります。それは、(1)と(2)のaとbがいずれも文法的であるということです。
それに対して、述語がseems / appears / happens / turns out / is saidなどの場合には、「That節+述語」構文はどのような文脈でも許されません。(文の前の*はその文が非文法的ということを合図します)。
(12) |
a. It seems that everything is fine.
b. *That everything is fine seems.
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ついでですが、(12a)のItも「それ」とは訳しません。
イェスペルセン(Jespersen)は、上の(12a)のthat節の位置を外位置(がいいち)と呼びました。文の中核部の外にあると見たからです。確かに次の(13)の四つの文型に含まれるthat節の位置を見ればthat節が文の中核部(S+V, S+V+C, S+V+O, S+V+O+C)の外にあると考えることは自然だと思います。
(13) |
a. |
It seems that everything is fine.
S V |
b. |
It is true that he was hospitalized last week.
S V C |
c. |
It surprised everyone that John inherited a large fortune.
S V O |
d. |
It made everyone happy that John inherited a large fortune.
S V O C |
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ここで、「That節+述語」構文と「It+述語+that節」構文に関する大事な点をまとめておきましょう。3点あります。
(14) |
(i) |
多くの場合((1), (2), (4), (5), (6), (7)など)、「That節+述語」構文と「It+述語+that節」構文のどちらも文法的である。 |
(ii) |
「That節+述語」構文はthat節の内容が当該の文脈・場面で既知の情報である場合に限られ、「It+述語+that節」構文はthat節の内容が断定されている場合に用いられる。 |
(iii) |
述語がseem / appear / happen / chance / prove / turn out / be saidの場合には、「That節+述語」構文は許されない。 |
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itをどのような文法用語で呼ぼうと、あるいは、itを含む構文をどのように分析しようと、(14)の3点、特に意味の違いにかかわる(14ii)を明白に述べている分析でなければ、学生に英語を的確に運用する知識を与えることはできないでしょう。
ご質問いただいたitの文法分析の仕方は、一つしかないわけではなく、実際には複数あります。Alexander (1988:§4.13)は、It's a shame that Tom isn't here.(=That Tom isn't here is a shame.)やIt appears that he forgot to sign the letter.を例文としてあげ、これらの文の主語として現れるitをpreparatory subjectと呼んでいます。Swan (2005:§507)は、It seems that Bill and Alice have had a row.という例文をあげ、Alexander同様、itはthat節のpreparatory subjectであると述べています。Eastwood (1994:§50)は、It was a pity so few people came.とThat so few people came was a pity.のような対をあげ、itをpreparatory itという用語ではなく、empty subject(空主語)という用語で呼んでいます。
一方、Thomson and Martinet (1986:§67D)はIt's odd that he hasn't phoned.やIt's certain that prices will go up.などの主語のitを取り上げintroductory itと呼んでいます。さらに、§67Fで、"it also acts as a subject for impersonal verbs" (「itは非人称動詞の主語としても働く」)と述べ、非人称動詞としてseem, appear, happenなどをあげています。
しかし、これらの文法書はいずれも上の(14)の3点を述べていないという点で隔靴掻痒の感を否めません。
Quirk et al. (1985:§18.33)は、It was on the news that income tax is to be lowered.のような例をあげ、was on the newsの意味上の主語であるthat節が外置されていると言います。そして、itをanticipatory subject、外置されたthat節をpostposed subjectと呼んでいます。Quirk et al.のよい点は、動詞がseem, appear, happen, chance, be saidなどの場合に、外置前の構造が非文法的である(*That everything is fine seems. It seems that everything is fine. /*That she slipped arsenic into his tea is said. It is said that she slipped arsenic into his tea. )ということをはっきりと指摘し、これらの場合には外置が義務的であると述べている点です。
Thomson and Martinetの「it seemsなどのitは非人称動詞の主語である」という述べ方は非人称動詞というむずかしい用語を使っています。しかし、その用語を知ったとしても、知らなかったときに比べて、何か新しい言語事実が見えてくるわけではありません。ただし、「動詞が非人称動詞の場合には主語の位置にthat節をおくことはできない」という述べ方によって、(12b)が非文法的ということを述べることはできます。しかし、その述べ方は、Quirk et al.式の「動詞がseem, appear, happenなどの場合には必ずthat節を文末にもっていかなければならない」という述べ方に比べて、何か利点があるでしょうか。私は非人称動詞というむずかしい用語を使わないAlexander、Swan、Eastwood、Quirk et al.の分析のほうがすぐれていると思います。
また、It seems / appears / happens that ...のitを形式主語としないとすれば、むずかしい問題が出てきます。Thomson and Martinetにしたがって「it seemsなどのitは非人称動詞の主語である」と言うと、「では、it seems that ... のthat節は何ですか。主語でないのだから目的語ですか。でも、自動詞のseemに目的語が続くはずがありません。自動詞seemの補語ですか。でも、そうすると、主語のitは何ですか。補語であるthat節は主語であるitとイコールなのでしょうが、itが何を指しているか不明です。that節を何を指すか不明のものの補語であると見なす考え方は不自然ではないですか。では、that節が目的語でも補語でもないとすると一体何ですか。」というような一連の問題が出てきます。it seems that ... のitを形式主語としておけば、that節が真の主語ということになり、これらの問題は回避できると思います。
私は、「itは形式主語、that節が真の主語」という分析は学生にとって特にむずかしいとは思いません。次の(15)のaとbにおいて形式目的語と真の目的語という用語を使うと思います。
(15) |
形式目的語 真の目的語
We all thought it a pity so few people came.
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そうすると、「形式主語対真の主語」と「形式目的語対真の目的語」がパラレルになるので理解するのが楽になります。「非人称主語対???」と「形式目的語対真の目的語」では統一がないので、それぞれを別個に記憶しなければならないでしょう。
しかし、教えるときに「形式主語」とか「真の主語」とかの述語を使わなければならないとは思いません。「that節がこれこれの述語の意味上の主語なんだけど、新しい重要な情報を表す長い表現なので文末に回すんだ。そうすると、主語の位置が空き家になる。英語では主語を空き家のままにしておくことができないので、そこに名詞の中で一番情報量の少ないitを入れておくんだよ。この位置に特定の意味をもつJohnとかthe highest mountain in Japanを入れると、意味がわからなくなるだろう?」というような説明でも十分だと思います。
「英語では主語を空き家のままにしておくことができない」という点に関してはthere is構文に言及してもよいと思います。英語ではどこかに何かがあるというときに、there is構文を使います。
次の(16)のaとbを比べてください。
(16) |
a. A candle was on the table.
b. * __ was a candle on the table.
c. There was a candle on the table.
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(16a)の主語のa candleは、不定冠詞のaがついていることからわかるように聞き手にとって未知の情報です。新情報なのでbe動詞の前、つまり、主語の位置からbe動詞の後ろの位置に回されます。しかし、a candleをbe動詞の後ろに回すだけでは主語の位置が空き家になってしまいます。そこで、主語が空き家にならないように意味のないthereを入れ、(16c)をつくります。ついでですが、(16a)の主語が聞き手にとって既知の情報であればbe動詞の前にそのまま残ります。
次の(17)の対を見てください。
(17) |
a. The candle was on the table.
b. *There was the candle on the table.
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「英語では主語を空き家のままにしておくことができない」ことを示す例をもう一つあげます。英語では風雨や降雪や雷を表わすときにitを主語にして言います。
次の(18a-d)を見てください。
(18) |
a. It rained hard last night.
b. It blew heavily near the summit.
c. It snows a lot in this area in the winter.
d. It's thundering in the distance.
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しかし、考えてみると、動詞のrain, blow, snow, thunderには始めから雨、風、雪、雷の意味が含まれています。それなら、意味の上では何かを主語に立てる必要はまったくないのではないでしょうか。それにもかかわらず、(18a-d)で主語のitを省くと非文法的になってしまいます。このことも英語は形の上で主語が空き家になることを許容しない性質があることを示す証拠でしょう。
以下、『英語の構文150 Second Edition』にあがっている、「It+述語+that節」構文(that節外置構文)をいくつかあげ、「That節+述語」構文が可能かどうか見ておきましょう。
(19) |
a. |
It follows from what she said that she was not at the scene of the crime. [例文009] |
b. |
That she was not at the scene of the crime follows from what she said. |
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(20) |
a. |
It occurred to me that she might be expecting my help. [例文010] |
b. |
That she might be expecting my help occurred to me. |
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(21) |
a. |
It goes without saying that a moderate amount of exercise is good for the body. [例文011] |
b. |
That a moderate amount of exercise is good for the body goes without saying. |
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(22) |
a. |
It is widely believed that a meteor caused the end of the dinosaur period. [例文013] |
b. |
That a meteor caused the end of the dinosaur period is widely believed. |
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(23) |
a. |
It happened that we were on the same train this morning. [例文008] |
b. |
*That we were on the same train this morning happened. |
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(24) |
a. |
It is said that the city’s transportation system is very efficient. [例文012] |
b. |
*That the city’s transportation system is very efficient is said. |
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(23b)と(24b)は非文法的ですが、(19b), (20b), (21b), (22b)はすべて文法的です。とは言っても、that節が外置され、空き家となった主語の位置にitが入ってくる形のほうがはるかにたくさん使われていることは上で述べた通りです。
References
Alexander, L. G. (1988) Longman English Grammar, Longman.
Creider, Chet A. (1979) "On the Explanation of Transformations," Syntax and Semantics 12: Discourse and Syntax, ed. by Talmy Givón, 3-21, Academic Press, New York.
Eastwood, John (1994) Oxford Guide to English Grammar, Oxford University Press.
Thomson, A. V. and A. V. Martinet (1986) A Practical English Grammar, 4th ed., Oxford University Press.
Quirk, Randolph, Sidney Greenbaum, Geoffrey Leech, and Jan Svartvik (1985) A Comprehensive Grammar of the English Language, Longman.
Swan, Michael (2005) Practical English Usage, 3rd ed., Oxford University Press.
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