まず、(1)の英語を含むパラグラフをまるごと下の(2)に挙げます。
(2) When I was an eight-year-old girl, I was taken for my first music lesson. Ms. Grodzinska, the teacher, was a plain, elderly woman and her apartment was thick with dust. But in the corner stood a magnificent grand piano, and when Ms. Grodzinska sat down to play a simple melody for me, I was amazed to hear such beauty come from under her fingers. As she played, she altered from a plain woman to someone whose movements were as harmonious as the sounds she was creating. I knew at once that I wanted to be able to bring forth sounds like that. (8歳の時、初めて音楽のレッスンに連れて行ってもらった。先生のグロジンスカさんは質素なお婆さんで、アパートの部屋にはほこりが積もっていた。しか し、部屋の隅にあったのは、ひときわ目を引く豪華なグランドピアノであった。グロジンスカ先生は椅子に座って私のために簡単なメロディーを弾いてくれた。 私は、このように美しい音が彼女の指から生み出されてくるのを聞き、驚嘆した。演奏が進むにつれて、先生は、質素な女性から、先生が作り出す音と同じくら い調和のとれた動きをもった人に変わっていった。私はすぐに、自分もこのような音を作り出せるようになりたいと思っていることに気がついた。)
本回答中、倒置前の文と倒置後の文に何回か言及しますので、質問の中で問題となっている二つの文に番号を付けておきます。
(3) In the corner stood a magnificent grand piano. [倒置後]
(4) A magnificent grand piano stood in the corner. [倒置前]
(3)と(4)の 意味が同じかどうかは、まず、意味が何かを、言い換えると、意味の意味を明らかにしておかなければなりませんので、少し厄介です。二つの文のうちの一つの 文が真とされるすべての場面でもう一つの文も真とされ、一つの文が偽とされるすべての場面でもう一つの文も偽とされれば、この二つの文は真理値が等しいと されます。例を挙げて説明しましょう。次の(5)の受け身文と(6)の能動文を見てください。
(5) Romeo and Juliet was written by William Shakespeare.
(6) William Shakespeare wrote Romeo and Juliet.
受け身文(5)は、能動文(6)が真とされるすべての状況下で真とされ、能動文(6)が偽とされるすべての状況下で偽とされます。真理値が等しい二つの文を同じ意味であると定義すれば、受け身文(5)と能動文(6)は同じ意味 (cognitively synonymous)であるとされます。しかし、受け身文(5)は、Romeo and Julietという劇作品を話題(topic)とし、それについて陳述 (comment)した文です。それに対して、能動文(6)は、劇作家のWilliam Shakespeareを話題とし、それについて陳述した文です。話題・陳述も意味に含まれると定義すれば、(5)と(6)の文は意味が異なることになります。
問題となっている(3)と(4)の文が真理値に関して等価であることは事実です。授業で読んでいるテキストの中に(3)の文が出てきたときに、「この文は(4)の文の主語と場所句が倒置したもの」と説明して終わり、とする指導法は、暗黙のうちに、両者が同義であることを前提にしています。しかし、話題・陳述の観点を考慮に入れると、(3)と(4)は100%の同義にはなりません。学校で、(3)のような文が出てくるたびに(4)のような元の文に戻させて終わりとする指導法では、(3)の意味を理解させることは難しいでしょう。
助詞がなく、語形変化も乏しい現代英語では、語順が文の意味を決める上で大きな働きをします。The father loves the mother.とThe mother loves the father.の 文は同じ語から構成されていますが、同義ではありません。どちらの文でも、最初に出てくる名詞句(主語)が愛する人を表し、最後に出てくる名詞句(目的 語)が愛される人を表します。日本語には格助詞がありますので、「父が母を愛している」と言っても、「母を父が愛している」と言っても真理値は等価です。 ドイツ語のDer Vater liebt die Mutter.は、「父が母を愛している」という意味で、der Vaterが愛する人を表し、die Mutterが愛される人を表します。しかし、VaterやMutterに付く冠詞の語形を変えることにより、意味を逆転させることができます。Den Vater liebt die Mutter.は、Vaterの前の冠詞が男性・単数・目的格の名詞に付くdenですので、「父を」という意味になります。Mutterの前の冠詞dieは、女性・単数の主格と目的格に付く形です。この文では、dieを主格の名詞に付く冠詞と見なすことによって、die Mutterが「母が」の意味になり、つじつまが合うことになります。現代英語では、意味を区別する語尾変化が乏しいので、勢い、語順が主要な役割を担うことになります。
英語では、基本的な文、例えば、5文型に所属する文は、いずれも「主語+動詞」の語順です。上の(4)の文は、第1文型の「主語+動詞+場所句」ですが、(3)の文は、この文型の主語と場所句を入れ替えて、「場所句+動詞+主語」としています。読み手が(3)を 読むときにどのように情報処理するかを考えてみましょう。読み手は、最初に現れるはずの要素(名詞句からなる主語)が現れないので、それが何かを決めるこ とができず、宙ぶらりんの状態に置かれ、サスペンスが高まります。書き手は、読み手がそうなることを予測して、読み手にとっては既知情報であるthe apartmentから連想されるthe corner (of the apartment)を前に出し、前文とのつながりを確保し、その後で、読み手に一番インパクトを与えたい情報を担う要素を文末に置きます。読み手が知りたがっている情報を読み手を焦らしながら後出しすると考えてもいいでしょう。
(3)の文では、書き手が、a magnificent grand pianoを 読み手に一番伝えたいと思っているのですが、それはなぜでしょうか。書き手がグロジンスカ先生の部屋に入って最初に気がついたことは、部屋が質素で、ほこ りが積もっていることと、グロジンスカ先生が地味で、質素なお婆さんであるということです。ところが、部屋の隅に目をやると、この部屋と部屋の住人である グロジンスカ先生とは不釣り合いな、豪華なグランドピアノが置いてあります。書き手は、この驚きと意外性を読み手に伝えようとして、a magnificent grand pianoを後出ししたのでしょう。学生に(3)の下線部の意味を理解させるためには、まず、「a magnificent grand pianoが文末に回されたのはその情報価値が高いから」と推測させ、次に、「a magnificent grand pianoの 情報価値が高いのは、豪華なグランドピアノの質素な部屋とのコントラストが意外だったから」と推論させるといいでしょう。最後に、日本語では驚きや意外性 を表す際には、例えば「なんと...(ではないか)」のような表現が使えると付言し、「しかし、部屋の隅にあったのは、なんと、超豪華なグランドピアノで はないか」と訳すこともできると指摘してもいいでしょう(岡田 2004)。
驚きや意外性を表す「場所句+動詞+主語」構文の実例をもう少し見てみましょう。F. Forsythの短編小説の中に‘Sharp Practice’(「悪魔の囁き」) というタイトルのものがあります。その中で使われている驚きや意外性を表す「場所句+動詞+主語」構文の実例を下の(7)に挙げますが、(7)を見る前に、(7)の 文章に先立つ場面がどのようなものかを説明しておきます。カミン判事はいかさまトランプで訴えられたオコナーという男の訴訟の審理を指揮することになりま す。その前日、カミン判事は、列車のコンパートメントでオコナーといっしょになり、同じコンパートメントにいた神父を交えて、3人で賭けポーカーをしまし た。ポーカーでは、自分とオコナーが負けて、神父が一人勝ちしました。今、この法廷で、オコナーはトラリーの食料品屋にいかさまポーカーをしたと訴えられ ているのですが、話を聞いてみると、オコナーはそのときのゲームでも負けています。いかさまをした人が負けるというのは筋が通りません。陪審員は、昼前に 無罪の評決を出し、カミン判事は法廷を後にします。
(7) He was about to cross the road to the town's principal hotel where, he knew, a fine Shannon salmon awaited his attention, when he saw coming out of the hotel yard a handsome and gleaming limousine of noted marque. At the wheel was O'Connor. (判事のめざすは町一番のホテルで、そこではシャノン産のすばらしいサーモンが食べられるのだ。彼がそのホテルに向かって道路を横切ろうとしたとき、一台のピカピカに磨きあげた高級車がホテルから出てくるのが見えた。なんと、運転しているのはオコナーではないか。―篠原慎(訳) (1984))
下線部の英語の前にa handsome and gleaming limousine of noted marqueという英語が出てきます。下線部の英語と下線部の前の英語を円滑につなぐために、下線部の英語をthe wheel (of the handsome and gleaming limousine of noted marque)で始めます。オコナーの情報価値が高いのは、ポーカーで負け続け、尾羽打ち枯らしたオコナーが、超高級車を運転していることが意外だったからです。(7)の下線部の英語で使われている動詞はbe動詞ですが、be動詞は、「場所句+動詞+主語」構文の動詞の代表選手です。
(7)の下線部の英語の前に出てくるwhen以下の文について一言触れておきます。この文を本来の語順に戻すと、he saw a handsome and gleaming limousine of noted marque coming out of the hotelとなります。この節は、「主語+知覚動詞see+目的語+現在分詞」の構文です。意味は、「その時、彼がホテルから出てくるのを見たのは、驚いたことに、ピカピカに磨きあげられた高級車だった」です。書き手にとっては、a handsome and gleaming limousine of noted marqueが、この文で一番伝えたい重要な情報だったので、これを文末に回して、「主語+知覚動詞see+現在分詞+目的語」の語順にしたのでしょう。この構文は、本稿で論じている「場所句+自動詞+主語」の構文とは違いますが、読み手に一番伝えたい情報を文末に回しているという点では同じです。
「場所句+自動詞+主語」の実例をもう少し見てみましょう。次の(8)はY. CarrollのLeprechaun Tales中の“The Crock of Gold”の一節です。
(8) It was a clear moonlit night as Tom walked home from the village. Suddenly he heard a most peculiar sound coming from the bushes ahead. His mother had warned him to ignore strange sounds at night, as this was when the fairy people appeared. Even so, Tom paused for a moment before moving closer to the bushes to see what could possibly be making the noise. He couldn't believe his eyes! There in front of him was a little man no bigger than Tom's hand, with his beard tangled in the bush.(明 るい月の光を浴びて、村からうちへ歩いて帰る道すがら、突然、道の先の茂みの中から奇妙な音が聞こえてきました。トムは、夜になってから聞こえてくる奇妙 な音は無視するようにお母さんに言われていました。というのは、夜は妖精が出てくるときだからです。しかし、トムは一瞬立ち止まってから、音の正体が何か を突き止めようとして茂みに近づきました。自分の目が信じられませんでした!目の前にいたのは、トムの手ほどの背丈しかない小男で、あごひげが茂みに絡まっていました。)
目の前にいたのが自分の手ほどの背丈しかない小男だったことはトムにとっては大きな驚きです。下線部の前の英語のHe couldn't believe his eyesの後ろに感嘆符(!)がついていることにも注目してください。
次の(9)は、Y. CarrollのLeprechaun Tales中の“The Magic Cloak”の一節です。
(9) Suddenly all was quiet. It was an eerie quiet. The breeze dropped. “I’ve made it!" Eoin thought. Then he heard a rumbling noise. He looked over his shoulder and moving towards him with terrific speed was a gigantic wave. It was the Fairy wave! Eoin urged his horse on but he was swept from the saddle. He felt as if he was being pulled in many directions and beaten by many pairs of hands.(突然、すべてのものが静かになり、あたりは不気味な静寂に包まれ、風もやみました。「やったぞ!」エオインは思いました。その時、後ろからゴロゴロいう大きな物音が聞こえてきました。肩越しに後ろを振り返ってると、彼に向かって超スピードで迫ってきたのは巨大な波でした。妖精の波だ!エオインは馬を前に進めようとしましたが、鞍から振り落とされてしまいました。彼は、多くの両手によってあらゆる方向に引っ張られ、叩かれているかのように感じました。)
(9)のテキストで、下線部の英語に続くIt was the Fairy waveという英語の最後に感嘆符(!)が付いていることに注意してください。
(9)の下線部の英語では、be動詞の前にあるのはmoving towards him with terrific speedという現在分詞で始まる動詞句です。この動詞句は、巨大な波が向かってくる方向(自分のいる方向)を示す働きをしています。(9)の下線部の英語では、be動詞を軸にしてその両側にあった表現が入れ替わっていることに注意してください。
次の(10)の英語はJ. K. RowlingのHarry Potter and the Goblet of Fireの 一節です。3大魔法学校対抗試合が行われることになり、3校の代表選手を選ぶことになりました。立候補者が自分の名前を書いた紙をゴブレットの中に入れる と、代表選手の名前がゴブレットから出てくることになっているのです。ゴブレットから3枚の紙が舞い上がってきて、3校の代表選手が決まりました。しか し、その3人の代表選手が決まった後も、不思議なことに、ゴブレットの炎は燃え続けています。
(10) But Dumbledore suddenly stopped speaking, and it was apparent to everybody what had distracted him.
The fire in the goblet had just turned red again. Sparks were flying out of it. A long flame shot suddenly into the air, and borne upon it was another piece of parchment.
(しかし、ダンブルドアは突然、話すのをやめた。彼が何に気を取られたかだれの目にも明らかだった。
ゴブレットの中でちらちら燃え続けていた炎がまた赤く燃え上がってきたのだ。火花がゴブレットから飛び散り、1本の長い炎が突然、空中に舞い上がった。その炎に乗って現れたのは、もう1枚の羊皮紙だった。)
この場面で4枚目の紙(another piece of parchment)が舞い上がってくることは誰も予想していませんでした。
(10)の下線部の英語の出だしは、born upon itですが、これは過去分詞で始まる動詞句です。(9)の下線部の英語同様、be動詞を軸にしてその両側にあった表現が入れ替わっています。
上の(2)、(7)、(8)、(9)、(10)のパッセージを読むと、「場所句+動詞+主語」構文の働きが、書き手が読み手に一番伝えたい情報を後出しする構文であることが納得できるでしょう。さらに、書き手が読み手に一番伝えたい情報の一つが、読み手が驚くもの、意外に思うものであることも実感できるでしょう。
しかし、「場所句+動詞+主語」構文の一つの重要な働きが、書き手が読み手を驚かせたり、意外に思わせたりする(と考える)要素を後出しする構文で あるとしても、この構文にそれ以外の働きがあることを否定するものではありません。YouTubeにBAJA SUR EL VIZCAINO BIOSPHERE RESERVE DESERT SHEEP PERMITSというタイトルの動画がアップされています(http://www.youtube.com/watch?v=ogICUluHlHE&list=PLWdN1VcVZI7BQabNVKmb0tPPtLyG8TKMs)が、ここでは、視線の移動、あるいは認知の順序に対応した英語の語順が観察されます。冒頭の画面に一人の男性が出てきて後ろの景色を指さして、Behind me is the Vizcaino Biosphere.(私 の後ろにあるのはエル・ビスカイノ生物圏保護区です)と言います。最初に男性が出てくるので、見る人はまずそちらに視線を向けます(そちらを認知しま す)。次に、その男性が、後ろの景色を指さしますので、見る人はそちらに目をやります(そちらを認知します)。この視線の動き、あるいは認知の順序がBehind me is the Vizcaino Biosphere.という文を構成する要素の順序に反映しています。この文では、the Vizcaino Biosphereが話し手が聞き手に一番伝えたいと思っている情報ですが、話し手はthe Vizcaino Biosphereが聞き手を驚かしたり、聞き手に意外感を与えたりすると思っているようには思われません。下の(11)にあげるE. Farjeon, “The Lovebirds”の1節にも後者のタイプの例が3つ出てきます。
(11) At the end of the street stood the School. On the right-hand street corner sat Old Dinah the gypsy, who kept a pair of lovebirds in a cage. And on the left-hand street corner sat Susan Brown, who sold bootlaces. Susan thought she was about nine years old, but she never quite knew. As for Old Dinah's age, it was too great to be remembered, and she had forgotten it long ago. (道の突き当りに学校が立っていた。右手の街角にはジプシーのお婆さんのダイナが座っていた。ダイナは、籠の中にボタンインコのつがいを飼っていた。左手 の街角には靴ひも売りのスーザン・ブラウンが座っていた。スーザンは、自分を9歳ぐらいだと思っていたが、はっきりと知っているわけではなかった。ダイナ の年は大きすぎて覚えられなかった。ダイナもとうの昔に忘れてしまっていた。)
(11)の三つの下線部の英語にも、まず、場所に目をやり、その次にその場所にあるものを見るという視線の移動、あるいは認知の順序に対応した要素の順序が反映しています。
引用文献・作品
Carroll, Y. (2003) Leprechaun Tales. Dublin: Gill & Macmillan.
Farjeon, E. (1955) “The Lovebirds” The Little Bookworm. Oxford: Oxford University Press.
Forsyth, F. (1982) No comebacks: Collected short stories. Toronto: Bantam Books.
岡田伸夫 (2004)「英文法と大学の英語教育」『英語青年』第150巻第9号, pp.18-19.
Rowling, J. K. (2000) Harry Potter and the Goblet of Fire. London: Bloomsbury.
篠原慎 (1984)「悪魔の囁き」『帝王』角川文庫.
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